記事中の最後の一文。
これは本当にそうだな、と思う。
自己決定のあとの試行錯誤を見守ること、これはとても大切なことだと思う。



そしてそれよりも前に、自己決定するための情報が足りていたかどうか、そこも自分自身に問いかけたいと思う。




数年前、ある相談があった。

お子さんが公文に行きたがらないし、進研ゼミを全然しない。やめたらいいのに、と言うと、それでも「やめる」とは言わない、と。

「行きたくもないしやりたくもないけどやめたくないのはなんでだろう?」と当時は思った。

今ならうっすらわかる。それは選択肢に問題があったんじゃないかな、と。

たとえば、英語を学びたかったお子さんがクラスの友達と同じ英会話教室に入ったけど、少ししたら愚痴が増えてきたことがあった。でもやめたくない、と。この時お母さんは、お子さんと別の英会話教室の見学に行った。何度か見学に行き、お子さんはその英会話教室に入り直すことにした。それが小学校低学年の時。高校生になった今でもそのお子さんはそこに通っている。

これが「やめるか、やめないか」の選択肢だけだったら、英語を学びたかったお子さんはやめずに苦しんでいたかもしれない。教室を変えてみる、そういう選択肢もある。

(後日、最初の英会話教室の先生から悪い噂を流され、お母さんは精神的にとても疲れた様子だったけど。むしろそんな先生のところはやめて良かったと言っている。その通りだと思う。)



自己決定に対する自己責任ってある。でもそれは選択した本人の責任以前に、選択肢を提示する側の責任もあるように思う。



昨日、ある先輩ママさんから依頼があった。

「(先輩ママさんのお子さん用に)健くんのアクリルスタンドのサイズ感がわかる写真を撮ってほしい。」と。

V6のシングルの発売が決定したんだけど、3形態全種同時購入すると、お店によって特典が「アクリルスタンド」か「カレンダー」か、違ってくる。最近そのレーベルでよくある売り方なんだけど。
(KEN☆Tackeyのシングルもそうだったなぁ)

いつも予約するところだと特典はカレンダーだけど、カレンダーとアクリルスタンド、どちらが欲しいのか...「たぶんこっちだろうな」と思っても、本当のところは本人に聞かなければわからない。

でも「アクリルスタンドとカレンダー、どっちにしますか?」だけでは、選択するための情報が少なすぎる。

私ならアクリルスタンドの楽しさを知ってしまったからアクスタを選ぶけど...それは人それぞれ。

誘導するような情報を与えて、購入後に本人が「こんなはずじゃなかった」となりうる情報の与え方はしてはよくない。



選択肢の情報をできる限り整理して、想像しやすい形で提供する。

それが選択肢を提示する側のつとめ。

こういうことも、概念はおめめどうさんで学び、当時マリオの主治医だった本田先生からもアドバイスを受け、細かいことはこの先輩ママさんをはじめとする先輩方から教えて頂いた。








写真を撮るだけのこのお手伝いでも、情報の見せ方が学べた。

たぶん先輩ママさんはそんなことは全く思っていない。健くんのアクスタを持ってるのは周囲で私だけだから依頼してきた。それだけのこと。

でも実は私の学びになった。いつも本当にありがたいことだな、と思う。




「自分で選んだんでしょ」は強者の弁。

そうではなく、その時に選択肢の情報の伝え方がどうだったか、他の選択肢はなかったんだろうか、そういうことを振り返ることができるようになりたいと思う。



ということで。

マリオ、今日の予防接種は見送りました←いきなりそれ?w

期末試験期間中なので、接種部位の痛みが気になって集中できなくなったり、腕がだるくなったりするのは嫌だ、と。

なので、テストが終わった日、支援センターの帰りに接種する、と。




そういうのも選択肢の伝え方。

「今日打つ?」と(しかも口頭で)聞けば、大抵は「打つ」と言う。これは自閉症を知ってる人なら「あ~あるある」と思うこと。



自己決定と自己責任も大切だけど、その前に選ぶことの難しさや選択肢を出すことの難しさを考えたいなと、そんなことを思った。



そして、今1番増えている就学と進学の相談。

教育機関、医療機関の方々には、ご本人やご家族の方々に「ココがいいです」ではなく、もっと情報を整理して選択肢を提示してほしいな、と思う。

単に進学先の振り分けではなく、選択肢を提示するような、選ぶための情報を提示するような、そんな就学・進学相談なってほしいな、と。

そんなことをつらつらと考えています。