高校生になり

総体、審査会、今日の表彰式など

どこに行くにもイヤーマフを持って行き、装着してるけど...




事前に許可をもらうこともなく

ジロジロ見られることもなく

注意を受けることもなく

何事もなく参加してるなぁ...と。




マリオがイヤーマフを使い始めた頃は(当時3歳)、県内でも使用している例は聞いたことがなく

幼稚園に持っていくにも話し合いを重ねて許可をいただいたり...

小児科の先生にも「これなあに?」と聞かれ、「みんなに広めたいから」と頼まれて、病院の新聞にイヤーマフの紹介記事を書いたり...

就労支援事業に従事しているパパ友さんにも「効果あります?」と聞かれ、「利用者さんに試してもらったら職場に行けるようになりました」と報告を受けたり...

自衛隊のイベントに行くと、「子ども用もあるの?かっこいいね!」と声をかけられたり...(笑)

その頃から比べると、イヤーマフの認知度は上がっているんだろうな。



そして、地域で義務教育を受けたことで、発達障害のことを知ってもらう機会は多かったように思う。

9年間支援学級だったけど、それでも、そこに居る、というのは大きかった。
 
今でも小中学校の同級生や先輩達にお店やお祭り出会うと「あ!マリオ!元気?」と声をかけてくれるし...

歴代の支援級の先生方は、通常級の担任になっても、発達障害のお子さん達にスケジュールや筆談をしてくれている。

(こんなふうにしてくれるんです、って小さい子のお母さんに見せてもらったスケジュールは、マリオの時のモノと同じだった。)



就学してすぐ、旧発達障害者支援センターや県教委の有志の先生方の、就学のための手引きとなる小冊子を作る作業をお手伝いすることになって...

その時、話し合いの中で、やっぱり支援学校の方が良かったかもしれない、と、某支援学校の校長先生に愚痴ったら

「マリオくんに支援学校で何を学ばせたいの?確かに支援は手厚いけれど、マリオくんが学べることは少ないと思うし...それ以前に入れないから!これ以上支援学校をマンモス化させないでよ(笑)」

と、一笑にふされ(笑)

そうなんだよね、制度的にマリオは支援学校には入れないし、マリオも地域の学校を選んだから...と、

学校にイチから支援をお願いして、当然前例のないことばかりで、途方に暮れながらそれでもなんとかやってきて...

顔で笑って、頭を下げ続けて...

影では泣いて怒って、したこともあったけど(笑)

お上の政策的な啓発活動もあったし、発達障害者支援法や特別支援教育推進のための学校教育法ができ、昨年度からは障害者差別解消法も施行され、合理的配慮の必要性が認知されてきて...

小学校より中学校、そしてやっぱり高校が1番楽かなぁ。



小さい頃はどこに行ってもジロジロ見られたし、(そのしんどさを(これも頼まれて)地元の無料育児冊子のリレーコラムに書いたこともあったなぁw)

でも、今は生あたたかく見守るような雰囲気を感じることが増えた。



それでも、まだ、小さいお子さん達、お母さん達は苦しんでる。

その様子を聞くこともあるし、ネットで見かけることもある。



いつか楽になるよ、とは、言えない。

特性の違いもあるし、地域性もあるし、家庭環境も違うから。


でも、家庭での手立てなしでは楽にはならないことは確か。




昔ほど体が動かなくなってるし、気力も落ちた。

それでも今、やっていけてるのは、昔の貯金なのかも。

しんどかったし、もう諦めようかと思ったこともあったけど...

諦めなくてよかったな。



表彰式に参列して、ふと、そんなことを思った。




本当にしんどいときは

がんばらない、けど、諦めない。



昔むかし、誰かが言ってた言葉。



今、しんどいお母さん。

もう充分がんばってるよ。

これ以上がんばらなくてもいいよ。

でも、あきらめないで、ココに立っていよう。