魔女の別れ 生きた証とは | 魔女たちと黒猫のプライベートサロン 

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   ~ 魔女の数秘メソッド研究所 ~



た~くさんの数の魔法を 日夜研究しているhinakoが贈る
プライベート感たっぷりの魔女ブログ。

 

 

こんにちは。

 

魔女の数秘術家 hinakoです。

 

この頃異常に寒かったり 真夏日になってみたり 変な気候ですね。

 

夏物の入れ替えをしたのですが 羽織ものを出したりひっこめたりしています。

 

高知もそろそろ梅雨の足音が聞こえてきました。

 

 

                ねこへび   ねこへび   ねこへび

 

 

 

さて いろんな形はあれど 人生の中で経験すること。

 

4月の末 不慮の事故で父が急逝しました。 

 

人の命のはかなさに なんだかいろんなことを考えます。

 

高齢とはいえど 元来丈夫なほうで まさかこんな別れになるとは

 

考えたこともない逝き方でした。

 

思い返せば数日前に ほんとに珍しく 県外の兄弟が家に訪ねてきたりしたようで

 

虫の知らせもあったのかもしれません。

 

私との最後の会話は 4月初旬に東京の息子と会った時の

 

大学院に入学してからの様子を話したりして 

 

孫の近況を聞いて喜んでいたのが最後になりました。

 

 

 

 

 

いつも 誰にでも 起こりうる話だろうけれど

 

いつでも 後悔のないような 毎日の別れ方など考えようもなく

 

いるのが当たり前のような 日常で 

 

こんなことになるなら もっと食事や旅行にに連れていったり

 

もっと 喜ぶような語りかけをしたりすればよかったと

 

そんなありきたりの思いが募るばかりです。

 

 

葬儀の間 遺影を見ながら 父に語りかけたことは

 

自分が選んだ今生の学びは まっとうできた?  ということでした。

 

輪廻転生を基本としている数秘学の世界では

 

同じ魂の修業の場であり 親を選び 環境を選び 学びを選んできます。

 

 

 

 

今 父の死に対面し 思うことは 

 

時代を選び 性格も 出会う人さえも 自分で選んでくるならば

 

人は環境や 持って生まれたものを超えられるのか

 

またそれ自体が学びとするならば

 

それを支える何かと出会うことも 出会えないことも 運命なのか

 

それもまた含めて どんな意識を持つかがすべてなのかと

 

考えがめぐりめぐって  なんだかぼーっとしてしまいます。

 

 

自分が幸せになるための 感情や行動を学ぶことが学びならば

 

自分のキャパシティの中の感情しか持てないまま 

 

生きる経験をするのが魂の修業なのか

 

父の生きた時代や環境 性格を考えると やはり現代とは大きな違いがあって

 

一口では言えないなにかも感じます。

 

 

 

 

いろんな確執があった 親子の時代もありましたが

 

今は 「ありがとう」   その一言しかないです。

 

 

みんな そんなものかもしれないですね。

 

今となって ああすればよかった こうすればよかったと 思うことは

 

底なし沼にはまるようで 今はなるべく考えないようにしています。

 

亡くなったことによる雑事も多く 有り難いことに気もまぎれますが

 

父の名前が付いていたものが変えられて  この世になくなっていくことは

 

生きた証がなくなっていくような気がして儚いですね。

 

 

そんなことを感じて過ごしている最近でした。

 

ではまた^^

 

 

                          witch-hinakochai

 

 

 

 

                                         ありがとう