先日出会った覆面女、いったい何者だったんだろう。叶うことならもう二度と関わりたくない人物だなぁ・・・。
ぼんやりとそう考えていた僕は、思わぬ再開を果たしてしまった。
今回は、車道ではなく歩道を疾走する覆面女。歩道を徒歩する者を次々と轢き飛ばし、その滑走は止むことを知らないかの様子だった。
僕は危険を察知し、車道へと足を移した。
その刹那自転車も車道へと車輪を移した。
次の瞬間、大きな音とともに僕の身体は弾き飛ばされた。
しかし、相手の見立てが甘かった。
ただで轢かれる僕じゃない。ぶつかった時に、咄嗟に掴んだ自転車のハンドル。相手も同じように、転倒した。
「関係ない人をむやみに轢くなんて、許される行為ではありません。警察呼びますよ」
すると覆面女は、奇怪な嗤い声を上げながら、こう言ってきた。
「警察に通報しても意味がない。現場でない以上、捜査の余地もないだろう。頭の悪いやつだ・・・フハハハハ」
警察も使えない、でもこの覆面女は捨て置けない。そう判断した僕は、ある提案をした。
「じゃあ、自転車競走をしましょう。条件は、僕が勝てばあなたはその覆面の下を見せ、二度と迷惑事を起こさない。あなたが勝てば、・・・自分で考えて下さい」
覆面女は答える。
「じゃあ、私が勝てばお前の臓器を売買にかけ、東南アジアに売る。これで良いか、小僧」
何やら、条件が割に合っていないような気もしたが、僕はその提案を受け入れた。急ぎ、マンションの駐輪場から自転車を出し、競争の準備をした。
女の合図でスタートとなった自転車決戦。当然のごとく、女の自転車は速く、車道を走る自動車を次々に追い越していく。
僕も負けじと、五段切り替えのギアを持つ愛車、疾風号を駆り、全速力で追随していった。
やがて、両者の自転車は並走する形になった。
すると、覆面女は流鏑馬のように、走りながらこちらへ吹き矢を飛ばしてきた。矢は僕の額に直撃し、右目に血が入って視界が浸食されていく。二つの自転車の距離は、再び離れてしまいそうだった。
「こっちだって、負けませんよ~!」
僕は一旦開けられた距離を元に戻すべく、本気を出して覆面女を追った。目の前にはマキビシがセットされている。どこまで卑怯な相手なのだろうと思いながら、障害物を避け、再び並走状態へと戻った。
覆面女は今回も吹き矢を放ってきたが、僕は全て紙一重でかわす。
「一度受けた技は、二度利かない法則を知らないんですか。こっちも反撃しますよ」
僕は肩にかけていたショルダーバックを右手に持ちかえ、相手の顔面めがけて伸ばした。しかし、所詮は軽いショルダーバッグ、大した効果は期待できない。
「フハハ、愚か者め。それに、小細工だけが技とは思わないことだ」
覆面女は、今度は並走する僕に向かって、自転車でのタックルを仕掛けてきた。狙いは車輪下部。転倒させることが目的のようだった。
攻撃を受ける直前、僕は自転車をジャンプさせ、何とかその場を凌いだ。かなりの強敵だ、このまま負ければ、僕は臓器を売られてしまう、というか死んでしまう。
覆面女は再びタックルを仕掛けてくる様子だった。疲労が感じられ、何度もかわす余裕はない。それに、ゴール地点は最早目前に迫っていた。
仕方がない、乾坤一擲、こちらも隠し技を使おうと決意した。
「死ね小僧!!」
「負けません。行きますよ。はあぁぁぁっ、車輪旋風撃!!」
覆面女は再度タックルを仕掛けてきた。僕は前輪にだけ急ブレーキをかけ、後輪の浮いた状態の自転車を、高速回転させた。
回転する後輪は、相手の自転車に連打を浴びせ、ついに覆面女の自転車は転倒した。
それを後ろ目に見て、僕はゴールの栄冠を勝ち取った。
起き上った覆面女に言葉をかける。
「今回はピンチでした。でも、僕の勝ちですね。約束通り、その覆面を脱いで素顔を表わして下さい。そしてもう二度と、歩行者を轢くような真似はしないで下さい」
覆面女は嗤う、何が可笑しいのかもしれず、嗤う。
「ふん、よかろう、小僧。覆面は脱いでやるから、よく見ておくがいい」
バサッという音とともに、覆面の下の素顔が・・・・・。
そんなものは出てこなかった。覆面の下には他の覆面が装備されていたからだった。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。それって反則じゃないですか~~」
「小僧は言っただろ、『その覆面の下を見せろ』と。反則でも何でもない、私はただ敗北の約束通りに、さっきまでの『この』覆面を外した。そら見ろ、反則などではないな」
唖然とする僕を余所に、謎の覆面女はその謎を残したまま、清々しそうに走り去って行くのだった。
果たして、人間であったのか、怪異であったのか。そんな結論を嘲笑うかのようにして、幕は引かれてしまった。
僕はただの骨折り損だったが、物語から放置された状態で茫然としていた。帰りの道が、いつもより長く感じた。