【シングルよもやま話 18】 大ヒットのプレッシャー?流石にちょっとやり過ぎちゃった濃ゆ~い一作 | 歌謡曲(J-POP)のススメ

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音楽といっても数々あれど、歌謡曲ほど誰もが楽しめるジャンルは恐らく他にありません。このブログでは主に、歌謡曲最盛期と言われる70~80年代の作品紹介を通じて、その楽しさ・素晴らしさを少しでも伝えられればと思っています。リアルタイムで知らない若い世代の方もぜひ!

 大ヒットシングルを飛ばした歌手が、次にどんな作品で勝負するのか これは、いつの時代の歌手にとっても悩ましくて難しい問題の一つですよね

 私が考えるに、この問題に関しては、アイドルの場合とそれ以外の場合では、ちと事情が異なりますアイドルの場合は、作品の善し悪しもさることながら、やはり「本人人気」がより大切なのであって、いったんヒットチャート上位に顔を出すようになると、次の作品で「全然ダメ~」という結果にはなかなかなりにくいという傾向があります
。かたやアイドル以外(ニューミュージック・ロック・演歌など)の場合は、その後の売れ行きが本人人気よりも作品の出来に左右されるケースが圧倒的に多いように思います。まぁ、それぞれ例外もあったりするので、あくまで大雑把な話なんですけどネ・・・

 その辺を確認して戴くために、'70~'90年前半頃のアイドル以外のアーティストから、大ヒット曲とその直後にリリースされた曲の売り上げ状況をランダムにピックアップして見てみましょう

●ちあきなおみ 「喝采」(1972.9.10発売、2位、80.7万枚) → 「劇場」(1973.2.25発売、36位、5.6万枚
●中条きよし 「うそ」(1974.1.25発売、1位、154.1万枚) → 「うすなさけ」(1974.7.10発売、5位、29.8万枚

●森田公一とトップギャラン 「青春時代」(1976.8.21発売、1位、101.8万枚) → 「想い出のピアノ」(1977.2.25発売、27位、7.3万枚

◎清水健太郎 「失恋レストラン」(1976.11.21発売、1位、62.8万枚) → 「帰らない」(1977.4.1発売、1位、54.9万枚→) 
●久保田早紀 「異邦人」(1979.10.1発売、1位、144.5万枚) → 「25時」(1980.4.21発売、19位、7.7万枚

●一風堂 「すみれSeptember Love」(1982.7.21発売、2位、45.2万枚) → 「I NEED YOU」(1982.12.10発売、圏外、圏外

◎アルフィー 「メリーアン」(1983.6.21発売、7位、37.3万枚) → 「星空のディスタンス」(1984.1.21発売、2位、52.4万枚
●H2O 「想い出がいっぱい」(1983.3.25発売、6位、43.0万枚) → 「Good-bye シーズン」(1983.10.5発売、54位、3.4万枚

●葛城ユキ 「ボヘミアン」(1983.5.21発売、3位、41.4万枚) → 「みどりの薔薇」(1984.3.5発売、圏外、圏外

●小林明子 「恋におちて」(1985.8.31発売、1位、95.4万枚) → 「真実」(1986.2.1発売、18位、7.4万枚

●瀬川瑛子 「命くれない」(1986.3.21発売、2位、69.2万枚) → 「サザン瀬戸ブルース」(1987.5.25発売、圏外、圏外

●ZIGGY 「GLORIA」(1989.7.26発売、3位、32.9万枚) → 「I'M GETTIN' BLUE」(1989.11.1発売、15位、4.7万枚

●KAN 「愛は勝つ」(1990.9.1発売、1位、201.2万枚) → 「イン・ザ・ネイム・オブ・ラブ」(1991.4.25発売、5位、15.6万枚


 ・・・とまあ、だいたいこんな感じです
ほとんどのケース(●で表示)で売り上げが急降下していて、おおよそ現状維持以上なのはたった2ケースだけ(◎で表示)ということがお分かり戴けると思います。要は、アイドル以外の場合には、(仮に本人人気があったとしても、)それが必ずしもシングル売り上げを保証するものではなく、聴き手サイドは作品の出来次第で購買パターンをあっさり変えてしまうということなのでしょう

 シミケン(清水健太郎)の場合、
本人も大いに気を吐いたと思うのですが、やはり楽曲的に見て相当恵まれた状況でしたし、1974年のデビュー以来約10年もの売れない時代を経て「メリーアン」でブレイクした直後に、今も語り継がれる超名曲「星空のディスタンス」を出すことのできたアルフィーなどは、ほとんど奇蹟のような存在と言って良いでしょう。(もっともアルフィーの場合は、「メリーアン」の直前にリリースした「別れの律動(リズム)」と「暁のパラダイスロード」(通称:アカパラ)で、”アイドル”的な支持のされかたで勢いをつけていったので、ちょっと例外扱いした方が良いのかも知れないのですが・・・

 ことほどさように、アイドル以外のアーティストがヒット曲を連続して生み出すのは易しくない
ということですデータは省略しますが、これがアイドルになると、売り上げがこれほど乱高下するということはまずありませんからネ

 ・・・さて、前フリはこの辺にしておきまして、今回取り上げる曲はこちらになります。


「惑いの午後」(ジュディ・オング)
作詞:阿木燿子、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平

[1979.8.21発売; オリコン最高位52位; 売り上げ枚数3.8万枚]
[歌手メジャー度★★★★★; 作品メジャー度★★; オススメ度★★★]


 文脈からご推察の通り、この「惑いの午後」は、誰もがご存知の大ヒット曲「魅せられて」(1979.2.25発売、1位、123.5万枚)の次のシングルとしてリリースされた作品です
。そしてご多分に漏れず、売り上げ枚数の方も急降下・・・(何と一気に30分の1以下。いったい何がいけなかったのでしょうか

 まずメロディの方ですが、これは筒美京平節の炸裂っ
ぷりがかなり分かりやすいパターンの曲ですよね。・・・けれども、「魅せられて」では、曲全体が堂々たるメロディラインでがっちりとまとまっていたのに比べて、「惑いの午後」では、短めのメロディパターンが目まぐるしく変化することで、今ひとつ”落ち着き”と”まとまり”に欠ける残念な結果になってしまってます・・・。例えて言うならば、「華美な衣装を余分に纏いすぎてかえって周りがドンビキしてるオネエちゃん」みたいな感じとでも言えばいいんでしょうか(←さっぱり分からん例えですまんかった・・・o(_ _*)o)いや、でもその短いメロディパターン一つ一つを取ってみると、どれもこれも捨てがたい魅力があって、私としては相当気に入っている作品なんですけどネェ

 そして、メロディ以上に”濃ゆい”のが阿木燿子センセによる歌詞です。

♪ 薔薇と蜜とを 代わりばんこに振り返りなさい
  口づけするの さぁ おとなしくなさい
  ふざけてはいや Ah・・・
  朝日の中であなたに 寝顔を見せられるのは
  3年 5年 あとどのくらい
  だから今は せめて今は もっと今は Ah・・・
  昼下がりまでのバロネス


 なんてったって、「さぁ、おとなしくなさい」ですからねぇ。ジュディ・オングから命令口調でそんな風に言われて、果たして抗(あらが)える男がいるんでしょうか・・・(反語) しかも、「Ah・・・」のタメイキが悩ましいことと言ったら・・・(ん騒いでるのは私だけかな


 歌詞の中に出てくる「バロネス」というのは、「爵位を持っている女性」と「男爵夫人」の2つの意味がありますが、文脈から考えるとここでは後者の意味でしょうね。つまり、「昼下がりまでの男爵夫人」ってことで、この曲のテーマは「昼間の情事」ってことです。・・・ほらね、やっぱ濃ゆかったでしょ

 ストリングス大活躍
のアレンジも、やはり筒美京平センセによるもの。79年と言えば、筒美センセがご自身の曲のアレンジも自ら手掛けた末期に当たるんですね。ちょっと騒がしいくらいのこのアレンジ、個人的には思わず嬉しくなってしまう仕上がりっぷりなのですが、一般ウケといった観点からすると、「過ぎたるは及ばざるが如し」の謂いのごとく、すっかりやり過ぎちゃったがあります・・・。結局のところ、メロディ+歌詞+アレンジすべてでメータが振り切ってしまって、聴く側に息をつくヒマを与えない(=逃げ場がない)作品になってしまったことが、この曲が一般ウケしなかった最大の理由なのではないかなぁ、と私なんぞは考えているワケです。言い換えると、「魅せられて」における”さじ加減”は絶妙だったってことですね(ちなみに私は「魅せられて」も大好きですが、「惑いの午後」の方に、本能を突き動かされるような麻薬的な魅力をより感じます いくら阿木燿子筒美京平という大御所コンビだとは言っても、さすがに「魅せられて」のミリオンヒットが微塵もプレッシャーにならなかったということはあり得ない話でしょうから・・・


 さて、最後に動画をアップしたところで
店じまいってことで それでは、またお逢いしましょう~