テレビが壊れたのも、体調不良に陥ったのも、すべては原点に戻るために仕組まれたものだったのかと思えてくる。このような都合の良い時だけ神仏を信じたくなります。

 テレビは役に立ちそうなものだけを録画していたので、ダラダラと観ることはなかったが、ハードディスクの容量を気にしなければならなかった。そのため無理矢理に観ていたところがある。テレビが壊れたことで、時間の無駄が大幅に省かれました。

 NHKが観たければ、オンデマンドを利用すれば良いか。大河ドラマの黒田官兵衛など一度も観ていないのが幾つもある。民法はお笑い芸人やジャニタレが好きではなかったので、殆ど観ることはなく、サッカーをたまに観る程度だった。サッカーは別に観なくても構わないし、ネット配信が主になっているので、観たかったらネットで観れば良い。伊東純也の件で観るのが不快になったのも私にとってはプラスに働いている。

 体調不良は内観するきっかけになった。これを機にYouTubeで様々なものをざっと観ましたが、どれもこれも知っていた内容だったし、中には科学的根拠のないものも多数あり、参考にすらならなかった。モチベーション系に至っては未だに精神論が述べられているのだから笑える。

 知識は使わなければなりません。知っているだけでは何の役にも立たない。自称メンタリストのDaiGoがこの罠に陥っていると思います。この人は知識はあるのかもしれないが、残念なことに全く使うことができていない。自ら脳にダメージを与え続けて、暴走し、世間の人たちに袋叩きに遭ったこともある。大川隆法の息子もそうだったが、最後の方は目が吊り上がって人相が変わっていた。

 知っているだけ。というのは僧侶にも数多く存在する。今まで会ってきた教員たちや医療従事者の大半もそうだった。というより殆どの人間に当て嵌まると思います。結局、口では何とでも言えるのです。



 やっと残り半分を読む気になれました。小説を書き終わったのに電子書籍を出版しただけで、紙の出版はやらずに放置していた。早く残りを読んで修正し、紙の方も終わらせようと思います。小説を書くことが自分の中で優先順位が完全に下になっている。



 桜が目的ではありませんが、午前中は時間的に余裕があったので東山にやってきました。4/7なので、まだ雨が降る前です。今は散っているかもしれません。

 円山公園の枝垂れ桜


 午前中にしては人が多い。桜の時期だけに仕方がない。


 桜を見ても全く感銘を受けなかった。気分的な問題です。



 下の写真は、ねねの道。この道を右に曲がれば高台寺、左に曲がれば菊乃井に辿り着きます。この分岐点にどうやらホテルか旅館が建てられるらしい。景観が更に壊れてしまう。今の京都は金儲けのことしか考えていないので、景観とか住みやすさは完全に無視されている。この破壊のスピードの速さには驚かされます。

 嵐山は破壊がもっとも進んだ場所で、あの地域はもはや原宿と変わらない。人も多く、場所も不便なので行く気になれない場所となった。


 石塀小路と名付けられた路地は、近年、写真撮影禁止に指定された。しかし守っているのは日本人だけ。外国人は全く気にせずに長時間撮影に及んでいる。日本人を締め出しに掛かっているのかと思えるほど酷い状況です。外国人のための町です。


 午前中の目的地は霊明神社


 どこに行っても外国人。同じ場所から動かないので、桜の写真を撮りたくても撮ることができない。


 ハードな道のり


 左は木戸孝允や久坂玄瑞、坂本龍馬、中岡慎太郎の墓がある護国神社。



霊山歴史館

 まだ一度も入ったことがない。


 志士まいりのイベントとして、今回は主に禁門の変を取り上げて展示していました。


 ここも隣にホテルが建った。東南アジアの外資系ホテル。儲かるのは外国人です。その辺りの店もオーナーが韓国や中国人もいうのはザラにある。その人たちが「日本」を利用して金儲けをしているわけですが、何も知らずに観光客が店を利用している。何かがおかしい。


 次回は志プロジェクトのイベントが行われます。しかし価値観が合わない人が主催するので行かないことに決めている。元役人で富裕層以外の一般人を見下げており、松本人志だったか性犯罪の話題になった時は露骨に被害者を馬鹿にした発言をしていた。

 志プロジェクトには、人の心の痛みなど分かるはずもない裕福な生活をしてきた人が数多くいるのが難点。どうも、いまいち身が入らないのです。


 左が沖田総司。右が高杉晋作。地域を盛り上げるために活動しています。


 幕末は詳しくないので、沖田総司に「誰か当ててみて下さい」と言われても、もう一人の方は当てることができなかった。有名なセリフを吐いていたが、それを聞いても分からなかったほど、詳しくないのです。最近になってやっと知る気にはなってきましたが。

 帰宅してから知りましたが、御朱印を書いていた人が久坂玄瑞だったらしい。

 幕末が好きになれなかったのは、おそらく脳筋野郎が偉そうにしていた時代だったからだと思う。坂本龍馬などが過剰評価されていたのも気になっていた。次は西郷隆盛の化けの皮が剥がれる番です。

 幕末の資料は日本各地に無数にあるのだが、全く研究が進んでいない。禁門の変が起きる少し前に薩長、会津問わず複数の藩が集まって葬式を開いたことがあったが、その資料は興味深かった。


ゴールデン龍馬

 看板には私の名前も書かれてある。まるで亡くなった人みたい。



 人力車に乗るのも外国人。金を産み落としてくれるので重宝したくなる気持ちは分かる。私も商売人なら金のことばかり考えて生きているのかもしれない。



 こいつは去年もいたのではないか。同じ鳥のような気がする。


 せっかくなので円山公園を散歩してみます。


 晴れだったのか。ずっと曇り空が続いていたものとばかり思っていた。


 去年も同じ光景を見て回った記憶がある。もう一年も経っているとは。



 桜以外の木も良いものです。



 気持ちは分かるが、早くどいてくれと思う。あんた一人のせいで通れないじゃないか。



 いつもは来ない知恩院。理由はないが、もう10年は中に入っていない。


 これ以上ない美しい形状をしている。


 白川に向かいます。


 お気に入りの場所に到着。


 下の橋の写真の正式名称は古川町橋。行者橋、一本橋、阿闍世橋とも呼ばれている。「橋を渡ったら福高大明神に手を合わせるべし」と聞いたことがあったが、一度も拝んだことがない。今回、初めて手を合わせました。意外と知られていないと思います。


福高大明神

 平安時代には一本橋は存在していたようなので、福高大明神もそれなりに古いはず。稲荷神社なのに祀られているのは狐ではなく、狸です。由来はよく分かっていません。橋の下に狸が住んでいたと言い伝えられているからか。稲荷なのに狸が祀られているのは、この辺りでは八幡市の泥松稲荷大神がある。



 この場所は柳が1番合う。


 桜も良いが、ここでは柳



 午後は堅田に用事があるので、休憩することなく直ぐに向かいます。


 後半は次回へ。