今回は「ファーストラブ」です。


内容
「加害者の聖山環奈の心理を臨床心理士の主人公が探り、迦葉が弁護する」

拘置所での聖山環奈との会話で、価値、正直、嘘つきなどの言葉、媚びた視線などの仕草から深層心理を探っていく。聖山は自分でも殺人の動機が分からない状態にある。


冒頭
臨床心理士としてテレビ出演する主人公

登場人物

主人公
臨床心理士として加害者である聖山環奈と関わる。

主人公の夫
我聞 カメラマン
包容力がある。

夫の弟
迦葉(かしよう)  法律事務所勤務の弁護士。
空気の読めないところがあり、無意識に行なっている発言や行動が、周囲の人を不快にさせることがある。

主人公の父親

海外で児童買春をしていたことを、主人公は成人式の日に知る。


主人公の母親

主人公に対して、女でいることを否定する発言をしてきた人。


加害者
聖山環奈
父親を刺殺し逮捕される。

加害者の母親
母親は検察側につく。自分の娘を理解しようとしない身勝手な女性。亡くなった夫に依存していた。母親は「環奈には虚言癖がある」と言って、そこで思考することを止めており、娘を非難してばかりいる。


聖山環奈の願い
罪悪感のある人間にして欲しい。

主人公と迦葉の関係

迦葉とは性行為の手前まで行った仲。主人公が迦葉に対し、「母親に依存している」と言ったことがあり、そこ際に迦葉から首を絞められた過去を持つ。その後、迦葉に他の女と共に、わざとらしく見られて嘲笑されるといった様々な陰湿な嫌がらせを受けた。


迦葉が「聖山の印象は昔の貴女に似ている」と主人公に伝える場面がある。流されるままに迦葉と性的関係を結ぼうとした過去に言及する。


テーマ 性的被害
通常は事件性のある過激な描写をすることが多いが、この小説で取り上げているテーマは、事件性にするのも難しい曖昧なもの。難しいテーマを書いていると思います。

夫を客観的に見ている
夫のことを「我聞さん」と尊敬している様子を見せつつも、何処と無く客観的に見ている。夫の弟である迦葉が原因となり、夫との間に距離があることを匂わせる呼び方。主人公は、自分を傷つけてこない我聞だけを信用している。

主人公の成長
加害者からだけではなく、迦葉など周囲との関わり合いで様々なことに気付いていく。

環奈の虚言癖

母親や元彼に虚言癖があると証言されているが、それには理由がある。その背景を破綻することなく、きちんと書くことが出来ていました。言いたくても言えないだけ。


環奈の性格

父親からの躾が厳しく、母親は傍観者であり、父寄り。弱気で断れない性格をしており、何でも自分が悪いと思うところがある。精神薄弱。


環奈の恋愛

好きでもない男と付き合って、肉体関係も結んでいる。


この理由もきちんと書いてありました。過去の体験と行動に辻褄があっている。


怒りの感情

後半になって、初めて環奈が怒りの感情を見せる。


鬱状態から脱する時には、怒りの感情が表出するとされるので、それを表現しているのだと思います。



気になるところ


後半は場面が飛び飛びになる

そのため展開が不自然に早くなっている。本来あった文章を大幅に省いたのかもしれない。受賞するながら目的だったのか。省いていないVerがあるなら出版して欲しい。


唐突に謝る

主人公と迦葉が以前、お互いに傷つけ合ったことについて語り、唐突に謝罪をする。間がなく急に行われてしまう。恐らく、何かを書いていたが、それを省略したのだと思われる。


主人公の苦悩の描き方も唐突

後半になって、勤め先の院長から受けた催眠療法の話が挟まれる。号泣するシーンだったが、あまりにも唐突なので共感できなかった。


迦葉に丸投げ

「この後は期限が差し迫っていることもあり、迦葉弁護士に全てを任せることになり、裁判を迎える」として、裁判までの間を大幅に省略していた。いつの間にか全てが上手く行き、解決している。


魔法の言葉

裁判に望むに当たって「精神的に苦痛になっている環奈には、魔法の言葉をかけてある。だから大丈夫だ」としている。しかし、どうもピンとこない。精神薄弱で自分の意思で行動を取ることが出来ない環奈が、自身の犯罪だけではなく、性的被害についても話さねばならないというのに、言葉を掛けられたくらいで上手く行くはずがないのだが。


失礼でもない質問

迦葉が「あんな失礼な被告人質問はねぇよ」と憤慨する場面があったが、大して失礼でもなかった。実際の法廷では、もっと酷い発言なんて幾らでも飛び交っているはず。弁護士の迦葉は、当然それらの経験があるはずで、そこまで感情的になるのは不自然ではないかと思った。それにそのような性格でもない。


イマイチ盛り上がらない

伏線を張っていたので、被告人質問で伏線の回収でもして盛り上げてくるのかと思ったが、あっさり終わった。


環奈が急変する

法廷で堂々と述べる。それまでの環奈とは様相が異なって、まるで別人かと思えるほど性格が一変する。アナウンサー志望だから変わることが出来たという理由を付けているが、それにしても急激に変わりすぎる。

前半が幼かっただけに、この変貌ぶりには唖然とさせられた。自分の頭で考えることが出来なかった人だけに、法廷の場で突然、理路整然と語り始めるのは、あまりにも不自然に思えた。そんなに急に人間は変わることが出来ないはず。


文体

文章が簡潔でキレが良い。そのためリズムよく読める。しかしその分、心理描写に深みがなく繊細さがなくなっている。ナラタージュの方がまだ繊細だった気がする。

美しい、感動した。などの直接的な表現が多く、情感が湧き立つような表現が少ない。技術は向上したのかもしれないけど、技に走った感があります。

衝撃的ではない性的被害を扱っているから、どうしてもインパクトに欠けた内容になってしまう。だからこそ、もっと深く入り込んだ心理描写があって欲しかった。


話が独立しすぎ

主人公と弁護士の恋愛を描いているのは、小説に深みを持たせるために必要ではあるけど、もっと環奈の話と絡めても良さそうに思えた。

迦葉が「聖山環奈と主人公が似ている」と発言しているが、主人公は聖山環奈を自分と似ているとは、あまり意識してはいないようで、迦葉の言葉が生かされていないように思えました。読者に意識させる為だけの言葉だったのかもしれない。

別々に話が進んでいるように見えても、それは作家がわざとやってる可能性もある。


美男美女の理由

登場人物の殆どを美男美女にしてる。そこに意味があるとは思えない。「美しいという表面的なものだけに惹かれている自分からの脱却」をクローズアップしたいからではないと思う。


良いと思ったところ

文体が原因で持ち味が薄まった気はするが、微妙な女性の心の揺れ動きの表現方法は、やはり女流作家の方が上手いと感じます。特にラストシーンが綺麗。納得がいく終わり方でした。


他には、主人公が臨床心理士でありながらもテレビ出演をして書籍を出版する姿と、著者が作家として賞を貰う姿を重ね合わせている描写が面白いと思いました。


もっとこのようにして欲しいというのは個人的にはありましたが、作家は意図的にやっただけなのかもしれません。この辺りは単に好みの問題だと思います。

この書籍は受賞するに相応しい作品だと思いました。この作家は、この作品よりもっと良いものが書けそうな気がします。