友人に、精神疾患を患っている人間が、チョコチョコいます。
どんな事でもそうだけど、本人の立場に立ってみなければ、そのつらさは真にわからないでしょうが、大変なことだと思います。
同じく、友人ドクターの談。
精神疾患というのは、本来ならば、病気ではない。(ものもある。)
「病気」と、定義せざるを得ないものもあるが、もともとの個体の性質で、現代の社会生活にマッチしていないことに問題があるだけだということ。
てな話を聞いて、なるほどと思いました。
現代の医学において、勝手に病気と言ってるだけみたい。
環境次第では、そちらの方が有利に働くこともある。
現代の社会が彼らには合っていないとも言える。
ってことだなぁと。
確かに、友人たちをみてると、精神疾患とはいっても、その症状は様々。
診断として「重度」とされている友人は、限定された分野では、大変能力が高いわけです。
ですから、私にとって、彼は尊敬する人物ですが・・・
彼は目下、結婚の悩みをかかえてるわけです。
便宜上、「発症」としておきますが、発症したために、ついていた職を追われ、現在は無職で家族の援助を受けている。
でも、相手は、それを承知の上で付き合っている。
しかし、さすがに結婚となると踏み切れない。
と、いうのが、経緯であります。
言葉にして問題点を指摘すると、ただ一言。
「金がない。」
これにつきます。
彼も、彼女も金がない。
仮に、家に十分な貯えがあり、遺産相続などで経済的に豊かであれば、二人はとっくに結婚しているのではと思います。
しかし、現実はそうでない。
前述のドクターの話を聞いてから、脳裏に浮かぶようになったのが、
もし、今が、今で無く、貨幣の無い時代で、社会とやらも今ほどわずらわしくなければ・・・。
もしも、環境が、彼らの存在に有利に働く状態であったら・・・・
なんでこんなこと書いてるかって、相談された時に私から明確な答えを言えないからです。
どちらも私にとっては、大切な友人です。
ただ客観的にみて、その結婚は膨大な苦労を伴うでしょう。
私の心の中では、「やめたほうがいい。」と思っています。
正直な話、無理だと思っています。
今すぐに別れるべきだと思っています。
でも、それをはっきり口に出したところで、誰が喜ぶというのでしょう。
二人とも、今はまだ、幸せなのですから。
人間は、最終的には自分のやりたいことをする生き物だと思います。
その先がたとえ破滅であっても。
ですから、私は傍観する自分を卑怯だとは思っておりません。
しかし、相談を受ける度に少々心苦しい。ここは云わば、懺悔の場なのです。
あらゆる生物は、その生の間に、次々に起こる決定的な局面を切り抜けなければなりません。
そしてそれは、その個体自信がするほかに手はないのです。
また、それができなくなった時、その個体は肉体的にでなくとも、死ぬのだと思います。