※今作はボイスドラマ「それは何たるエゴイズム」の二次創作小説です。
※本家(公式)から創作の許可はいただいていますが、本家の物語とは一切の関係がありません。
※あくまでも好き勝手に書いている素人の作品という点をご理解ください。

アンドリュー・レイズには、何があっても守らなければならないものがあった。それが何なのか、詳細を具体的に知っている者は圧倒的に少ないが、まず間違いなくUnlimitedのボスは承知している。アンドリュー自身が何ものにも代えられないほど守らなければならないものの安全を保障しているのが、そのUnlimitedだからだ。アンドリューの大切なものをUnlimitedが守る代わりに、これまでのアンドリューはUnlimitedのために命懸けで尽くしてきた。
にもかかわらず、裏切った。
アンドリューが、ではなく、Unlimitedが。
「さすがに心が痛むのかい? あちらが先に君を騙していたとはいえ、かつての仲間たちが襲撃されていく様子を眺めるというのは」
アンドリューに握手を求めた海良だったが、アンドリューはその手を取らなかった。すぐ隣りに立っている海良には視線を向けず、とある暗部組織の襲撃班によって壊滅していくUnlimitedの様子が映し出されたモニターだけを、ただ黙って眺めている。
「裏切者のUnlimitedに代わって、今度からは我々が君の大切なものを守らせてもらうよ。その代わりに、今度からは我々のために働いてもらいたい。Unlimitedとは異なる仕事を与えてしまうかもしれないが、まぁ慣れるまでの辛抱だと思ってほしい」
「なら、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」
ここで、ようやくアンドリューが口を開いた。しかし、相変わらず視線はモニターに向けられたままだ。Unlimitedが潰されていく様子を眺めていながらも、しっかりと海良の言葉は届いていたらしい。
「……教えてほしい、というと……何についてかな?」
「今の俺は、自分の就職先を訊かれたら何も答えられねぇ状況だ。新たに命を預けることになるなら、組織の名前くらい教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」
ここで、ようやくアンドリューが視線の先を変える。目の前のモニターではなく、隣りに立っている海良の顔に。
「俺たちは、もう仲間なんだろ?」
「………あっははは、これは失礼した。言われてみれば、まだ我々の組織名を教えていなかったね。こちらの素性を明かすよりも先に、君の守るべきものが危機に瀕している状況を伝えてしまったから、今の今まで名乗るタイミングを逃していたよ」
白髪混じりの黒い短髪をガシガシと掻きながら、申し訳なさそうな苦笑を浮かべる海良。灰色のスーツから覗いてる赤色のネクタイに……正確には、自身の胸元に手を添えるようにして、アンドリューを迎え入れた組織の名前を初めて口にした。
「今日から君は「Legna」の一員だ。それが我々の所属する組織だよ」
「……レグナ…」
「他に質問はあるかい? 知っておきたいことがあるなら教えてあげよう。尤も、私の知っている範囲に限られるけどね」
「必要ねぇよ。それだけ分かりゃあ十分だ」
そういうと、アンドリューは海良から視線を外す。否、海良に背中を見せる形で、この部屋を出ていく様子を見せた。
「おや、もうモニターと睨めっこする時間も終わりかい?」
「俺にとってUnlimitedは、もう縁を切った組織だ。これ以上そこで眺めてることに意味はねぇよ」
「ふむ、それもそうか。未練を引きずられても、今度は我々が困ってしまうからね。ところで、これから何処かへお出掛けかい?」
「お前らが用意してくれた自室に戻って寝るだけだ……、つーか…俺が何処で何しようが勝手だろ」
「はは、それもそうだったね。これは失礼した」
「…ふん」
アンドリューが加わったLegnaという暗部組織の拠点は、何処にでもあるような平凡な施設の地下にあった。先ほどのモニター室を出て長い廊下を歩き続けているが、外の様子を確認できる窓ガラスが一枚も見受けられない。が、そもそも地下なのだから仕方がない。地上の階層で働いている者たちは、自分たちの職場の地下に闇世界の住人が息を潜めていることを知っているのだろうか。
「(まぁ、俺の知ったこっちゃねぇがな)」
そんなことを考えながら、アンドリューは自分に与えられた待機用の自室に到着し……たものの、そこには入らずに廊下を進み続ける。彼の目的は自室に戻って寝ることではなかった。
「(えーっと……、ここか…? 拠点が広すぎるってのも問題かもなぁ。迷っちまいそうで面倒くせぇ…)」
目星を付けていた部屋を見つけて入室する。その部屋には、一般家庭で使われる洗濯機の中でも大型サイズほどの精密機械が壁に沿ってズラリと並んでおり、部屋に入って真正面に位置する壁の一面は、特殊性のガラスで覆われていた。ガラスの向こうを覗いてみると、ドーム型に設計された実験場のようなものが広がっており、それを十メートルほどの高さから見下ろせるようになっている。
しかしアンドリューの目的はそこに在らず。シェルターにも見えるドーム型の実験場のようなものも、大型の家庭用洗濯機モドキの精密機械も無視して、部屋の真ん中に置かれたデスクの上に散らばっている数枚の書類に視線を向けた。一枚一枚に手を伸ばし、内容を確認していく。
と、ここでアンドリューの持つスマートフォンが着信を知らせる振動を起こした。目の前の書類を確認しながら、頭に被っているパーカーの中にスマートフォンを放り込む形で、アンドリューはUnlimitedのリンからの着信に応答し、会話を始める。
「何の用だ」
『良い度胸ね。こっちはあちこち一斉に襲撃されて、やっと雲隠れ出来たっていうのに……。開口一番で知らばっくれる気?』
「襲撃されるリスクも想定してなかったってか? 俺みてぇな野郎をスパイに送り込む作戦なら、裏切られる演出も視野に入れとけってんだよ」
『はいッ、暴露キターッ! よくもUnlimitedの拠点を流出させたわねッ、この裏切者!』
「うるせぇなぁ…。パーカーん中で響くだろうが…」
ここに至るまでの経緯を説明すると、以下の流れになる。
先ほどの海良という男が、任務を終えたばかりのアンドリューと街中で出会ったことから全てが始まった。最初こそ相手にしなかったアンドリューだったが、海良が「Unlimitedに守らせている大切なものが脅かされている」という言葉には、さすがに立ち止まらずにはいられなかった。
アンドリューが守りたいと思っているものの安全を約束する代わりに、Unlimitedの下で働いてもらう。それがUnlimitedとアンドリューを繋いでいる鎖の制約である。にもかかわらず、海良が言うには「Unlimitedはアンドリューとの約束を破っている」と明言したのだ。
『それで、どうだったの?』
「デタラメも甚だしいな。仲間になったフリして潜入し、ここらに残ってる書類やデータ、資料なんかを片っ端から洗っちゃいるが……。Unlimitedの裏切りを確定させる正確なモンは何一つとして出てきやしねぇ」
『おそらくだけど、アンドリュー・レイズを仲間に引き入れるための嘘八百。もしくはUnlimitedそのものを潰すための法螺だった、という感じかしらね』
「どっちにしろ、俺を騙したことに変わりねぇな……。まぁ、最初っから気付いてたけどよ」
海良の言葉に初めは狼狽えてしまったアンドリューだったが、すぐに冷静さを取り戻している。Unlimitedが自分を裏切ることが何を意味するのか、そこに何のメリットが生まれるのか。それらを考えた結果、彼なりに「Unlimitedは裏切っていない」という結論を導き出していた。
では、なぜ海良はそんな嘘を吐いたのか。その真意を探るため、第一接触があったアンドリューをそのままスパイとして利用し、敵組織の目的を暴く作戦に移行している。その過程で、アンドリューが敵組織からの信用を得るためにUnlimitedの拠点をガチで流してしまうのは、さすがのリンたちも想定外だった。
「襲撃されたっつっても、どうせ死人なんざ出ちゃいねぇんだろ? Unlimitedの強さを知ってるから、あえてマジの情報を流したんだろうが。そっちを信用してるからこその裏切りだっつーの」
『………負傷者は出たわ…』
「あ? そりゃ無傷で済むわきゃねぇよな。つーか無傷で済んでたら、逆に怪しまれんだろ。自作自演でもいいから、何人か半殺しに」
『あんたの相棒、病院送りよ』
「……………………」
手元の書類を漁っていたアンドリューの手が止まる。リンは今、アンドリューの裏切り作戦によって回が負傷した事実を伝えた。
『彼の不注意だった。それ以外の何ものでもない』
「…………」
『でも、誰かさんがこんな作戦の中であんな手段を取らなければ、こんなことにはならなかったかもしれないわね』
「……チッ…」
『それで? あんたに伝わっていた情報が嘘だったことは確定したわけだけど。肝心な敵組織さんの目的は不明確なまま? そもそも、何て名前の組織なわけ?』
「…Legna、だとよ」
『レグナ…? 確か、イタリア語で「薪」と訳せる単語ね。でも、どういう意味かしら…』
「あ」
リンの言葉を遮るように、アンドリューが何かに気付いて声を上げた。何があったのかを訊ねるよりも先に、アンドリューの方から現状報告が上がる。
「監視カメラとマイク見つけた。今のやり取り、ぜーんぶ筒抜けかもな」
『はぁあああッ!!? 対処してなかったわけ!? そんなの、いの一番に警戒するところでしょうがッ!』
「声がデケェんだよッ、馬鹿! パーカーん中で響くっつってんだろぉが!」
『そんなところに放り込んで通話してるあんたが悪い! そんなことより、今すぐ逃げなさーい!』