そう言う意味でも楽しく思える解説は興味を持って観れる。
人の数だけ解釈があり真実は生きた当人にしか分からないだろうとも思う。
肝心な事は物事や事象に興味を持てるかどうかで、もっと知りたいと言う気持ちを抱かせてくれる解説は素晴らしいと思う。
勿論、詳しく真髄を知っている者からすれば言葉の選び方に足らないなと思う箇所はあるかもしれない。
しかし、真実や真髄を語れる者が居ても難解で興味を削ぐような解説では最初から無いより望ましくないように思う。
興味を持って深掘りして知識や認識の視野を広げ理解に到達した者には興味を持たせてくれた者が導き者であり教師なのだと思う。
結局の所、救うのは常に本人であり心の柔軟さだと思う。
賢人が居るとしたら、心に問えと言うだろう。
もっと知りたいと思ったら自身から行動を起こす事が己を欲求を救う事になると。
もっと昔からあったなら、もっと心の豊かな人が増えていたろうとも思う。
心の柔らかさ。それの答えは常に先にある。
それを知れば心は軽くなるのかな。