らいふすたいる君の事例を通して、
「正しい信仰とは何か?」

このブログの読者には、
いささかの理解が得られたのではないでしょうか?


少なくとも、私とらいふすたいる君には、
いま、「信仰」を共有する絆(きずな)が
生まれ、育まれています。

宗教の教義や、その修行方法については、
彼にくらべれば、私は大先輩です。

しかし、そんなコトはもう、どうでもいいんです。


彼はわたしによって、いのちを救われたと思ってきたでしょう。

でも、私には、彼との縁がなければ、自分の信仰の正しさを

証明する機会はなかったのだし、いま、こうやって、

彼の門出を祝福できるのも、私たちの祖父母の恩恵、
そして、何よりも神仏への信仰の賜物だと感謝の日々をおくっています。


らいふすたいる君のビジネスの成功を祈って、
彼の後見人としてのつとめを果たしてゆきたいと思います。