更に時は過ぎ

自分は卒業に必要な単位は取り終えて、更に四大へ編入する為の単位を取るかどうか?ってとこまで来ていた。幸いアグネスを含め友人達のサポートのお陰で公立校(UCじゃない方)ならなんとか行けるところがあるレベルのGPAが維持出来てた。

ところが一つ問題があって、

それは僕が勉強がキライでキライで仕方ない事(笑)


一方

アグネスの方はアメリカで弁護士になるって言う夢があって、良い大学への編入そしてロースクールとまだまだ道のりは長いけど着実に好成績を残してた。


結局、僕は日本に帰ることにした(笑)


帰る時にはもう夏休みになってたので、

最後いつアグネスに会ったか覚えてない。ただ、帰る前日に電話して「明日帰るね。今までありがとう」とか話したと思う。

そして日本に帰って来てからも、数年間かは2,3ヶ月に1度位は電話でお互いの近況など話しをしたりしてた。

アグネスはペパダイン大に行ってて、今度はUSCのロースクールへ行くって言ってて

「スゴいねーおめでとう」とか話してたのを覚えてる


そして

1997年

タイのバーツ暴落を発端とした通貨危機が起こり、アジアの国々の金融市場はシンガポールを含め大きな影響を受けた。

そんな中、珍しく彼女の方から電話があって、ロースクールの授業料が期日までに払えないと言う。

お父上の経営する会社も通貨危機の大きな影響があったようだ。

授業料の金額を聞くと新車買える位だったと思う。

給料全部飲み代で、貯金もロクにしてない僕にはどうする事も出来ない。

それでも何か彼女の助けになりたくて、

僕「銀行口座を教えてくれ、3000ドル位ならなんとかなるから、すぐ送るよ。当面の食事代やシンガポールへ帰るなら飛行機代に使って!もちろん返す必要はないからね。」

アグネス「大丈夫だよ、まだそれくらいのお金ならあるから ありがとう」

僕「でも必要になったらいつでも言ってね」

それで電話を切った。


泣いてた....


その後どうなったか、気になって何度も電話してみるが、いつも留守番電話で、お金がないのわかってて「電話くれ」とは言えず、「また電話するよ」とだけメッセージを残してた。

そしてついにその電話はつながらなくなってしまった。

それっきり....


互いの国を訪れて家族を紹介しあったり、互いの結婚式に出席したりとか

一生続く関係だと思ってた

その後も

友人関係を当たったりしたけど情報はなく、Facebookで探したりしてるけど同姓同名が多過ぎだし、写真もなかったり、ヒントになりそうな居住地や経歴の人も見つからない。


もう奇跡でも起きない限りは

もう彼女に会えることはないと思う。


今回シンガポールへ行った時にシンガポール国旗と僕が一緒に写ってる写真を撮った。


それを僕のFacebookのトップに来るようにして

一言だけ英語で「連絡をくれ」って書いた。

もし彼女が僕のFacebookを見つけて、それを見れば直ぐに自分へのメッセージだとわかると思う。


夢は叶えられたのだろうか....

幸せに暮らしてるんだろうか....


万が一にでも

もし連絡が来たら、すぐにLAでもシンガポールへでも、会いに行きたいと思う




終わり