『無色透明のドグマ 1』 | CeLL=WiRED

『無色透明のドグマ 1』

 「さあ。最後までお読み下さった皆々様に、ここで問題です」
 ブログ小説家、雨月夜道(アマツキヨミチ)の書く奇妙奇天烈、複雑怪奇な物語の末尾には、決まってそのような文言が記されていた。この一文を見てしまっては最後、僕はまた眠れない夜を過ごすことになる。

 僕、百合川獅ノ介(ユリカワシノスケ)がこのブログ「止水の杜」にハマり始めたのはつい先日のことだ。友人の八咫村(ヤタムラ)に教わり、勧められるがままに一つの物語を読んだが最後、その妖しくも美しい世界観に魅了されてしまった。

 彼の小説世界は、他のどこで読んだ物語とも異なっていた。中世ヨーロッパと現代日本の風景が違和感なく同時に流れたり、古代インダス文明に生きた老婆とアメリカ建国の父であるワシントンが並行して描かれたりする物語など僕は他に知らない。彼の文体には得も言われぬ幽美な色香と頽廃的な空気が立ち込めており、凶悪な野獣の悲しみを切々と語るその筆で酸鼻極まる殺戮を訥々と語り、妖精が出てくるかと思えば未来的なガジェットが溢れかえり、蒸気機関が世間を騒がせたかと思えば石器時代に思いを馳せる。一体彼の脳はどうなっているのか、想像もつかなかった。おそらく、無数の歴史書とあらゆるファンタジーがミキサーにかけられているに違いない。

 それだけでも厄介なのだが、輪をかけてタチの悪いことに、彼の物語はジャンルとして「ミステリ」に属していた。だからこその、あの一文である。読者は彼の織り成す妖美な世界に散々振り回された挙句、最後の最後で放り出されてしまう。その上、解決編は存在しない。

 もし最後の一文が無ければ、それはそれで一個の物語として完成するだろう。何故ならば、彼は「謎」を誰にもバレないように物語の内部に仕込むのである。夢中で読み進めているうちは、そこに謎があることすら認識できない。最後の最後に、作者に告げられて初めて、それが重大な謎としてぽつんと残されていることに気付かされるのだ。そんなことをされてしまっては、一番美味しい一切れを食べ残しているような気がしてしまい、頭を捻り、インターネットの海を泳ぎ回って同じ苦悩を抱える読者の感想や考察を調べ上げ、正解を探し回ることになる。けれど悲しいかな、作者が回答を示さない以上、それはどこまで行っても仮説の域を出ない。そうこうしているうちに、次の物語が発表されるのである。

 僕を始めとした彼の読者は、どこまでも甘美で麻薬的な物語という名の薬品に、喉を焼かれるような気分で日々を過ごしているに違いない。

 しかしあまりに彼の物語にハマっていては、生活に支障が出る。僕も一介の大学生として、単位は大切なのである。「授業は」ではなく「単位は」と言ってしまう辺りが情けないことこの上ないが、大学の授業に楽しみを見つけ出すことは難しい。その他大勢の大学生達と同じように、日々に退屈し、ちょっと騒いでは世間から冷たい目で見られている僕のような存在にとって、だから雨月の書く物語は変わり映えのしない日常から脱け出す一つの特効薬でもあった。

 とはいえ、そろそろ遅刻してしまう。いい加減に家を出よう、最後に更新をチェックしたら家を出よう……と微妙な意志の弱さを痛感しつつもトップページに戻ると、そこには小さな違和感があった。 これまでどの時代も、どの国家も、どの異世界も股にかけてきた雨月夜道が綴った最新の作品の舞台は、僕が住むこの街――東京だったのだ。

 普通に考えれば別に珍しいことではない、どころか世の中には東京が舞台の小説など溢れかえっているくらいだろう。むしろ陳腐というか、普通過ぎるというか、そう、あまりに「普通な」選択であるからこその、違和感だった。

 彼はこの何の変哲もない、日常にまみれた、洗練されているというよりはサラリーマンやOLや大学生で踏み慣らされている東京という街を題材に、一体何を描こうというのか。
 僕は楽しみに感じるというよりは、ぞっとした。
 異世界が急に僕の隣に座ったような気がして。
 しばらく、その感覚に飲まれていて――

 ――その気配に、気付けなかった。