クラカウの旅行記も18回目!
そろそろ「まだ続くのォ―?」なんて思っていらっしゃるお方、又はお忙しいお方は、またじっくりお時間の有る時にでも是非、お訪ね下さいまセ☆
それに今日の書き込みは少し重い個所があるので、気の滅入っているお方はまた今度ね☆
Kazimierz=カジミェシュ地区=旧ユダヤ街
クラカウの中心部にある、中央市場広場の一帯には、☆ステキなカフェ☆が、た~っくさぁ~~~ぁん有ります。
ヴァヴェル大聖堂の見学を終え、
『中央市場広場にある☆ステキなカフェ☆で、コ-ヒ-&ケ-キにしよ~♪』
と楽しみに、ヴァヴェルの丘を上った反対側から丘を下り(...といっても、ちょとした坂を下るだけですが)ました。
(コ-ヒ-って普段、飲みたいと思う事、滅多に無いのですが、旅行に出ると何故かコ-ヒ-派になります。気分の問題だなこれは?)
が、中央市場広場に向って歩いていると思ったら、地図を見間違えちゃって、全く反対方向に向っていました><;
(ケ-キ...)
で、引返そうとするとダ-リンが、
「あ!こっちに向かうと旧ユダヤ街だよ! 確かオ-ルド・シナゴグ(古ユダヤ教会)が有る筈だよ!」
と、そのまま広場からは(ステキなカフェから...)反対の方向へと歩き続けようとします。
(ケ-キが...)
ず~っと何年も前、チェコのプラハに旅行に行った時、彼はユダヤ墓地に行きたがり、
『なんで旅行に来てまで、墓地なんかに行きたがるのぉ~?』
と心の中で不満を言いながらも、墓地の中、何かみつけては感激しているダ-リンの後をノソノソついてまわったという記憶が有るので、『またユダヤ人か~、、、』と抵抗感が...。
で、私は、
「ど-してまたユダヤ人なんかのトコ、行きたいの? なんでユダヤ人のトコなんかに行かなきゃならないの?? ど-して? どおして? ど-してぇええ? ......ケ-キ食べたいよ、、、。」
と、子供のように(...いえ、これって完全に子供ですが//;)ごねました。
嫌がる私の手を強引に(!)引っ張って、ダ-リンは旧ユダヤ街へと足を進めます。
「やだよぉ―――行きたくないよぉぉ、、、ケ-キ食べたい。。。」
抵抗する子供...いえ、駄駄こねてる私...。
(ま、こんな事してふざけてるんですけど^^)
その時、ふと横を見ると、何と20zlt札がヒラヒラと道に落ちているではありませんか!
「わ~お札だ♪ 20zlt札だよ!...こっちのほうに(旧ユダヤ街に)向ってて良かったね♪♪♪」
と、私はもう£20札(約4,575円)を見つけた気分で一変に上機嫌~♪
これぞ文字通り“ゲンキン”と言うのでしょうねェ。
20zltって775円くらいなんですけどね。(...)
で、ルン♪ルン♪しながら(あ、この気分って分かる人いるかしら?)ダ-リンと腕なんか組んじゃって、旧ユダヤ街へと向います。
歩を進める毎に、辺りは次第にスラム化した地区となっていきます。
...。

(↑http://www.cracow-life.com/poland/krakow-kazimierzより)
「オ-ルド・シナゴグは何処なんだ?」
とブツブツ言いながらオ-ルド・シナゴクへのサインを探しているダ-リン。
ツ-リスト・インフォメ-ション(観光案内所)見つけたので、行き方を聞くと、こんな素敵なクラカウの自然の本を頂きました♪

私はさらに上機嫌♪♪
で、やっと見つけたのが、ここ

(ウィキより)
でもこれはオ-ルドではなく、ハイ・シナゴグでした。
ダ-リンは歩き回って疲れていたせいもあって、「シナゴクだからいいや...」と中へ入ります。
暗くて狭い通路に、可愛いけど無愛想な女の子が、「入場料ひとり7zltです。」と、ほぼ強引に請求。
お金とるの?やっぱユダヤだわ...。
こちらでは、ユダヤ人って金儲け主義で、とってもドケチなので有名。
こんなジョ-クがあるくらいです。
「寒~い日、ユダヤ人はどうするでしょう?」
「知らな~い?」
「蝋燭のまわりに集まります。」
「ww...」
「では、も~っと寒い日、ユダヤ人はどうするでしょう?」
「?」
「その蝋燭に火をつけます。」
...。
こんなジョ-クも今では人種差別だとされ、(まさに、そうですけど)言えない世の中になってしまいました。
あ、脱線してしまった><;
で、ここは礼拝堂が珍しく階段上がった2階に有りました。
キリスト教徒から見つからない為とか何とか?
2階に上がってみると、何て事はない。
全くと言っていいほど、何も無い所です。
ほとんどの部分が修復された建物なので、オリジナルの壁面がほんのちょっと顔を出している程度。
天井の高い広い 部屋 には、戦時中のユダヤの習慣や伝統の暮らしぶりを写した写真がたくさんパネルにはってあって展示されてるだけ。
礼拝堂が有ると思ったダ-リンはガッカリでした。
横に小さな部屋へつながるドアウェイがあったので、ここに礼拝堂が有るのかと思ったら、その部屋もどうって事無し。

(http://www.jewishkrakow.net/en/synagogues/highより)
こんな小さな何にも無い所に入場料取るなんて、ほんとユダヤ人って金儲けの事しか頭にないんだなぁ。
あの拾った20zltがこの入場料になった訳か...。
などと考えながらそこを後にしました。
旅行案内所で教えられた通り、大通りに出て、中央市場広場行きのトラム...路面電車に乗るとダ-リンが、
「あ~、これで少しはユダヤ人に敬意を示せたから、少しは気も軽くなったよ。」
とポツリと言います。
えっ?!
あぁ!(蒼白)
あ―――そうだったのか...
私は何て盲だったの?!!
なんてバカ!!!
なんて無知!!!
なんて、なんて...。
ダ-リンよ、何でここに来る前に、行きたい理由を言ってくれなかったの?!(と、人のせいにしてはいけない...)
もう自分の救いようも無い馬鹿さが情けないなんてものではありませんでした。
1939年の9月のある日、このユダヤ街一帯に住んでいた何百というユダヤ人は...
それ以来、ゴ-スト・タウンと化してしまったのです。
ここに住んでいた人達はみんな一人残らず...。
14世紀から700年もの間栄えたユダヤの街は...。
もう血の気が引いていくような思いでした...。(ほんとに気分悪くなって貧血おこしそうだった...)
胸がキュ-っと締付けられ、涙が流れてきてしまいました...。
クラカウに来るにあたって、私たちはオシフェンチム...アウシュヴィッツに行くべきか、随分話し合いましたが、私は知る/見る勇気がないので、行かない事にしました。
旧ユダヤ街に行く事は、犠牲者の方々への、せめてもの敬意を示す事ができる機会だったのです。
それを私は気付かずにいたとは...。
それを悟ってから、引返そうともしなかったんですけど...つ...><;
これでもう一つ、またクラカウを訪れる、良い理由ができました。
次回は、勇気出してオシフェンチムに行かなきゃ...。
追記:いつもおふざけフェザ-・タッチでつづっているブログですが、こういう悲惨な歴史の出来事に関しては、真面目に真剣に取り扱うべきでした。
無知故に不快感を与えてしまうような事がございましたら、深くお詫び申し上げます。
そろそろ「まだ続くのォ―?」なんて思っていらっしゃるお方、又はお忙しいお方は、またじっくりお時間の有る時にでも是非、お訪ね下さいまセ☆
それに今日の書き込みは少し重い個所があるので、気の滅入っているお方はまた今度ね☆
Kazimierz=カジミェシュ地区=旧ユダヤ街
クラカウの中心部にある、中央市場広場の一帯には、☆ステキなカフェ☆が、た~っくさぁ~~~ぁん有ります。
ヴァヴェル大聖堂の見学を終え、
『中央市場広場にある☆ステキなカフェ☆で、コ-ヒ-&ケ-キにしよ~♪』
と楽しみに、ヴァヴェルの丘を上った反対側から丘を下り(...といっても、ちょとした坂を下るだけですが)ました。
(コ-ヒ-って普段、飲みたいと思う事、滅多に無いのですが、旅行に出ると何故かコ-ヒ-派になります。気分の問題だなこれは?)
が、中央市場広場に向って歩いていると思ったら、地図を見間違えちゃって、全く反対方向に向っていました><;
(ケ-キ...)
で、引返そうとするとダ-リンが、
「あ!こっちに向かうと旧ユダヤ街だよ! 確かオ-ルド・シナゴグ(古ユダヤ教会)が有る筈だよ!」
と、そのまま広場からは(ステキなカフェから...)反対の方向へと歩き続けようとします。
(ケ-キが...)
ず~っと何年も前、チェコのプラハに旅行に行った時、彼はユダヤ墓地に行きたがり、
『なんで旅行に来てまで、墓地なんかに行きたがるのぉ~?』
と心の中で不満を言いながらも、墓地の中、何かみつけては感激しているダ-リンの後をノソノソついてまわったという記憶が有るので、『またユダヤ人か~、、、』と抵抗感が...。
で、私は、
「ど-してまたユダヤ人なんかのトコ、行きたいの? なんでユダヤ人のトコなんかに行かなきゃならないの?? ど-して? どおして? ど-してぇええ? ......ケ-キ食べたいよ、、、。」
と、子供のように(...いえ、これって完全に子供ですが//;)ごねました。
嫌がる私の手を強引に(!)引っ張って、ダ-リンは旧ユダヤ街へと足を進めます。
「やだよぉ―――行きたくないよぉぉ、、、ケ-キ食べたい。。。」
抵抗する子供...いえ、駄駄こねてる私...。
(ま、こんな事してふざけてるんですけど^^)
その時、ふと横を見ると、何と20zlt札がヒラヒラと道に落ちているではありませんか!
「わ~お札だ♪ 20zlt札だよ!...こっちのほうに(旧ユダヤ街に)向ってて良かったね♪♪♪」
と、私はもう£20札(約4,575円)を見つけた気分で一変に上機嫌~♪
これぞ文字通り“ゲンキン”と言うのでしょうねェ。
20zltって775円くらいなんですけどね。(...)
で、ルン♪ルン♪しながら(あ、この気分って分かる人いるかしら?)ダ-リンと腕なんか組んじゃって、旧ユダヤ街へと向います。
歩を進める毎に、辺りは次第にスラム化した地区となっていきます。
...。

(↑http://www.cracow-life.com/poland/krakow-kazimierzより)
「オ-ルド・シナゴグは何処なんだ?」
とブツブツ言いながらオ-ルド・シナゴクへのサインを探しているダ-リン。
ツ-リスト・インフォメ-ション(観光案内所)見つけたので、行き方を聞くと、こんな素敵なクラカウの自然の本を頂きました♪

私はさらに上機嫌♪♪
で、やっと見つけたのが、ここ

(ウィキより)
でもこれはオ-ルドではなく、ハイ・シナゴグでした。
ダ-リンは歩き回って疲れていたせいもあって、「シナゴクだからいいや...」と中へ入ります。
暗くて狭い通路に、可愛いけど無愛想な女の子が、「入場料ひとり7zltです。」と、ほぼ強引に請求。
お金とるの?やっぱユダヤだわ...。
こちらでは、ユダヤ人って金儲け主義で、とってもドケチなので有名。
こんなジョ-クがあるくらいです。
「寒~い日、ユダヤ人はどうするでしょう?」
「知らな~い?」
「蝋燭のまわりに集まります。」
「ww...」
「では、も~っと寒い日、ユダヤ人はどうするでしょう?」
「?」
「その蝋燭に火をつけます。」
...。
こんなジョ-クも今では人種差別だとされ、(まさに、そうですけど)言えない世の中になってしまいました。
あ、脱線してしまった><;
で、ここは礼拝堂が珍しく階段上がった2階に有りました。
キリスト教徒から見つからない為とか何とか?
2階に上がってみると、何て事はない。
全くと言っていいほど、何も無い所です。
ほとんどの部分が修復された建物なので、オリジナルの壁面がほんのちょっと顔を出している程度。
天井の高い広い 部屋 には、戦時中のユダヤの習慣や伝統の暮らしぶりを写した写真がたくさんパネルにはってあって展示されてるだけ。
礼拝堂が有ると思ったダ-リンはガッカリでした。
横に小さな部屋へつながるドアウェイがあったので、ここに礼拝堂が有るのかと思ったら、その部屋もどうって事無し。

(http://www.jewishkrakow.net/en/synagogues/highより)
こんな小さな何にも無い所に入場料取るなんて、ほんとユダヤ人って金儲けの事しか頭にないんだなぁ。
あの拾った20zltがこの入場料になった訳か...。
などと考えながらそこを後にしました。
旅行案内所で教えられた通り、大通りに出て、中央市場広場行きのトラム...路面電車に乗るとダ-リンが、
「あ~、これで少しはユダヤ人に敬意を示せたから、少しは気も軽くなったよ。」
とポツリと言います。
えっ?!
あぁ!(蒼白)
あ―――そうだったのか...
私は何て盲だったの?!!
なんてバカ!!!
なんて無知!!!
なんて、なんて...。
ダ-リンよ、何でここに来る前に、行きたい理由を言ってくれなかったの?!(と、人のせいにしてはいけない...)
もう自分の救いようも無い馬鹿さが情けないなんてものではありませんでした。
1939年の9月のある日、このユダヤ街一帯に住んでいた何百というユダヤ人は...
それ以来、ゴ-スト・タウンと化してしまったのです。
ここに住んでいた人達はみんな一人残らず...。
14世紀から700年もの間栄えたユダヤの街は...。
もう血の気が引いていくような思いでした...。(ほんとに気分悪くなって貧血おこしそうだった...)
胸がキュ-っと締付けられ、涙が流れてきてしまいました...。
クラカウに来るにあたって、私たちはオシフェンチム...アウシュヴィッツに行くべきか、随分話し合いましたが、私は知る/見る勇気がないので、行かない事にしました。
旧ユダヤ街に行く事は、犠牲者の方々への、せめてもの敬意を示す事ができる機会だったのです。
それを私は気付かずにいたとは...。
それを悟ってから、引返そうともしなかったんですけど...つ...><;
これでもう一つ、またクラカウを訪れる、良い理由ができました。
次回は、勇気出してオシフェンチムに行かなきゃ...。
追記:いつもおふざけフェザ-・タッチでつづっているブログですが、こういう悲惨な歴史の出来事に関しては、真面目に真剣に取り扱うべきでした。
無知故に不快感を与えてしまうような事がございましたら、深くお詫び申し上げます。