こんにちは

台風一過,今日は好いお天気というより,かなり暑い日になりましたね。今の時間になっても夏の強い日差しが眩しいです。

さて僕の今回の入院についてですが,入院当日から退院するまでレントゲンやCTを何回くらい摂ったのかちょっと思い出してみました。別に記録を取っていたわけではなく,僕のうろ覚えの記憶ですので正確ではないかもしれません。

まず,6月28日の入院当日ですが,泌尿器科の先生の指示でレントゲンを撮ったように思います。その後,呼吸器内科のI先生の措置で造影剤CTを取りました。それから,間質性肺炎が急激に悪化した7月2日,ベッドに寝たまま運ばれて造影剤CTを取ったように思います。その後7月の第1週は病室にレントゲンの機械がやって来て,ベッドに寝たまま4,5回ほど撮影が行われました。7月第2週は2回ほどレントゲンを撮ったような気がします。また,この第2週は僕は頭痛がすると訴えていたので,14日の土曜日に脳のMRI検査を受けました。その結果,小脳に転移巣が見つかり,17日に放射線科のI先生の診察を受け,翌日の18日に放射線治療(ガンマナイフ)を受けました。この時のガンマナイフは約1時間くらいでしたが,それまでのガンマナイフよりかなり頭が痛かったです。終わった後も5分ほど治療台から動けない程でしたが,その後は特に後遺症があるというようなことはありません。7月第3週はレントゲンも1回だけしか撮らなかった思います。最後に退院前日だったか当日にもう1回だけCTを撮ったような気がします。

こうして思い出してみるとけっこうレントゲンやCTを撮ってますね。

それから現在の僕の脳の状態ですが,去年最初に大脳に転移して左足を麻痺させかけた転移巣とその後に見つかった大脳と小脳の転移巣は完全に消えているみたいです。しかしことにになって見つかった脳幹の転移巣は,2月末に3日間に分けてガンマナイフを受けましたが,現在も残っているようです。また5月末に2日間に分けてガンマナイフ受けた小脳の転移巣は少し拡大しているとのことでしたが,これは今後の経過をみないとどうなるか分からないということです。そして今回の入院中に小脳への転移巣がまた見つかったというわけで,本当に何度も何度も2カ月に1度くらいの状態で脳転移が見つかるわけで,まったく嫌になってしまいます。まぁこれもしょうがない,見つかったらまたガンマナイフでやっつけるしかないわけですが,I先生の話ではこれも限界があり,多発転移の場合はこれ以上の放射線治療は難しいかもと言われてしまいました。まぁこれもしょうがないですね。

今日は午前中,少しメダカの水槽の手入れをしました。午後はホームセンターのペットコーナーへ行ってchocoちゃんのゲージ(太東のマンション用)を買ってきました。まだ,ちょっと動くと直ぐ息切れしますが,少しずつ.リハビリ頑張っていきたいと思っています。

小山台高校,本当に残念でしたねぇ。でもすごくよく頑張りました。感動物です。

それでは,また。

こんばんは

今夜は台風の影響なのかちょっと蒸し暑いです。

今日は朝起きた時から身体が怠く熱ぽっかたので,1日中布団の中で寝ていましたが,今になってようやくちょっと良くなってきました。

台風は今のところ特にたいしたことはなさそうでホッとしていますが,これから西日本に向かうみたいで,そちらの方が心配です。

さて僕の今回の入院騒動ですが,間質性肺炎については前回お話しました。10リットルの酸素吸入を受けている時,僕の口の中はカラカラに乾燥してすごく辛かったんですが,若い看護師さんが,「WATARUさん,お口の中が乾燥して大変でしょう。蒸気を発生する器具を付けてあげますね。」といって簡単な器具を取り付けてくれましたが,この時ほどうれしかったことはありませんでした。

間質性肺炎が酷くなった7月2日以来,僕の食事はお粥から栄養ドリンクに変わりました。出されたのはエンシュアとかいう栄養ドリンクで,飲んでみるとものすごく甘くてあまりおいしいものではありません。でもこれを飲まないと死んでしまうと思いながら我慢して飲んでいました。7月の第2週に入って,呼吸器外科のI先生から肺の状態も少し良くなってきてるようなので,食事の方も栄養ドリンクからお粥食に変更していきたいという連絡受けました。僕としてはまったく異議はなかったのですが,その時になってすごく困ったのが口内炎の発生でした。この口内炎は口の中に1つ2つできるというような口内炎ではなく,僕の感じ方ではまるで口の中で爆弾が爆発したような状態で上顎から舌までもうすべてがズタズタに引き裂かれてしまったような感じの口内炎でした。お粥とお茶以外は何を口の中に入れても沁みてものすごく痛いです。最初は平気だった牛乳も痛くて飲めなくなりました。フルーツもメロンやスイカはとても食べられません。一度キューイが出たことがあって口に入れてみたところ,文字どおり殺されるんじゃないかと思ったほど大変でした。一番ひどい頃は空気を吸っても痛い状態でした。

口内炎は「たかが口内炎,されど口内炎」というよう病気ですね。いろいろ薬を処方してもらいましたがこれという特効薬はありません。根気よく口の中をうがい消毒する以外に手はないようです。僕の甥っ子は電話で「口内炎はいつか必ず治るし,口内炎で死んだ人はいないから心配しなくてもいいよ。」なんて言っていましたが,僕としてはガンで死んだ後で口内炎が治ってもしょうがないじゃないかというような気分でした。

ようやく口内炎が少し良くなり始めたのは7月3週目の週末あたりからで,それまで食べられなかったバナナが何とか食べられるようなりました。口内炎は退院後の現在もまだ完治はしておらず,食事はさすがにお粥ではないけど食べられないものはまだたくさんあります。早く口内炎が完治し,美味しいものをいっぱい食べられるようになりたいですね。

それでは,また。

 

 

 

 

こんにちは

今日も涼しいですね。過ごし易くて有り難いですが,台風も来てるようでちょっと心配です。

退院して3日目になりますが,まだ体はフラフラしています。これはどうも筋力が落ちてフラフラしてるというより,大量に投与されたステロイドの影響のような気がしますが,確かなことは分かりません。

さて,僕の入院騒動ですが,6月28日に急性肺炎ということで緊急入院になったわけですが,担当の1先生は,肺炎の原因として①抗がん剤アフィニトールの副作用による間質性肺炎,②細菌やカビなどによる日和見肺炎,③その他の原因による肺炎を考えられたそうです。そして可能性として一番高いのは①だけど,それならアフィニトールの投薬を中止すれば自然と回復するので,まずは②への対処として入院当日から抗生剤の点滴投与を始められました。それと酸素吸入も2リットルしました。

僕の容態が急変したのは7月2日(月)の午前です。肺炎が急速に進行し,I先生はこれは①に間違いないということでステロイドの大量投与を点滴で始め,酸素吸入量もマックスの10リットルとなり,もしこれ以上の供給量が必要なら,肺に直接酸素を供給する機械を取り付けるか,延命措置としての人工呼吸器を取り付けるしかないと言われました。僕も突然のことで唖然とするばかりでしたが,1先生は家内を電話で呼び出し,近親者に連絡する必要があればすぐに連絡するように伝えたようでした。その連絡を受けて,翌日群馬から息子が,葛飾柴又から姉夫婦が,愛知から兄が見舞いに来てくれました。僕は意識ははっきりしていましたが,身体が動かずベッドに寝たままでした。もしかしたら本当にこれが最後かもしれないと思い,息子を枕元に呼んで「とにかく自分で何でもできるよう頑張りなさい」と言っておきました。娘は翌日の水曜日に見舞いに来てくれたのですが,この時は前日より少し容態は好くなっていました。酸素吸入量はマックスの10リットルが1週間続きましたが,血中の酸素濃度はじっとしていれば90%以上とれていたので,人工呼吸にもならずに済みました。

これは後からの話ですが,僕の甥は呼吸器外科の専門医です。彼の話では間質性肺炎の治療法はステロイドの大量投与しかなく,これに効果がなければ死に至ることもあるので,僕の場合には入院当初にステロイドを投薬していた方がよかったかもしれないけど,アフィニトールの副作用なら薬を止めれば自然と治癒することも多いので,I先生の治療方針が間違っていたとは一概には言えないなというようなことを言っていました。でも僕としては①の間質性肺炎の可能性が圧倒的に高かったのだから4日間も放っておかずにその治療を早くして欲しかったなとは思っています。

ステロイドの大量投与により僕の肺炎は少しずつ良くなり,7月9日以降は酸素吸入量も少しずつ減って7月17日以降は酸素吸入はしなくてもよくなりました。

さてこれで,めでたしめでたしとなればなれなよかったのですが,実はもう一つ僕にとっては大変な事態が起こっていました。それはまた次にお話することにします。

それでは,また。