こんにちは

台風,やっぱり来そうですねぇ。

今日は朝から雨で,気温も低かったです。

今日は朝イチで循環器内科の予約診療が入っていたので,病院へ行きましたが,半袖のポロシャツではちょっと寒かったです。診察は直ぐに終わって家に帰りました。

昨日,一昨日と柴又の姉と愛知の兄が家に来てくれていたんですが,兄はタバコを吸うので,僕に気を使って家の外で吸っていたんですが,その外に置いてあった灰皿のタバコの吸い殻をchocoちゃんがちょっと食べたみたいで,奥さんの話だと昨日から今朝にかけて何回か吐いたようです。今朝も血尿をしているようでした。元気は元気でいつもどおり家の中を走り回っていて大丈夫そうですが,ちょっと心配なので,僕の病院が終ったらペットクリニックに連れて行こうかと思っていましたが,元気そうなのでそのままにしてしまいました。今のところ特に変わったところはなく元気にしています。

(夕ご飯に呼ばれてしまいました。ちょっと行って来ます。)

さて,夕ご飯を食べ,お風呂も入りました。タバコの吸い殻では若い頃にも忘れがたい思い出があります。娘がまだハイハイをしていた頃の出来事ですが,僕は家で炬燵に入って試験問題の採点をしていたんですが,その時に娘が僕の吸ったタバコの吸い殻を口に入れたらしいのです。奥さんが気付いてすぐに救急車を読んで,日赤武蔵野病院へ搬送されました。僕も自分の車で病院へ行きましたが,僕が病院へ着いた時には娘の胃洗浄は既に終わっていました。タバコの吸い殻は出てこなかったようでしたが,僕は当直の胃洗浄をした若い先生から

「あんた,子どもを殺す気ですか,まったくしょうがない親だな」と言って怒られました。あの時にタバコをきっぱりと止めていれば,僕の人生も多少は変わっていたかも知れませんが,その後も僕は30年以上タバコをスパスパと吸い続けていたわけです。どうしようもないですね。

台風が徐々に近づいて来てるようです。まだ,雨も風も大したことはないですが,時折強い風が吹いてるみたいです。今夜0時くらいから明日の明け方が一番ひどくなりそうです。明日は午後から退院後2週間目の定期診断が入っています。CTの撮影もあります。台風が大したことがないといいんですけどね。

それでは,また。

 

 

 

 

2015(平成27)年刊行の文庫本ですが,もともとは戦前1937(昭和12)年下半期の芥川賞受賞作です。タイトルどおり「糞尿」のお話で,あまり上品な物語とはいえませんが,小説としてはすごくいい作品だと思います。今の若い人には水洗トイレではなく汲み取り式の便所などといっても想像もつかないかもしれませんが,昭和40年代辺りまでは日本の田舎はもちろん都市部でも下水道の整備が遅れているような地域のトイレは汲み取り式が当り前でした。このトイレは糞尿がいっぱいになるとバキュームカーという汲み取り車でたまった糞尿を汲み取ってもらいます。その時の臭いはものすごく臭いので,すぐにどこの家で汲み取りが行われているのか分かってしまいます。車で道路を走っている時でも,前にバキュームカーがいると必要以上に車間距離を取ったりしていました。戦後は糞尿の処理は市町村の責任・仕事になりましたが,戦前はこれは民間の重要な営利事業として行わていたんですね。古くは江戸時代の江戸の町もそうでしたが,都市部の人たちが出す糞尿は農村の重要な肥料になっていましたから,糞尿は重要な商品で,この糞尿の取り合いをめぐる紛争はそう珍しいものではなかったようです。この物語ではさすがに糞尿を商品として処理するというよりは糞尿の処理そのものがサービス商品として,市から委託を受けた事業者の利権となっている様子をかなりリアルに描いた作品です。汚いお話ですが,小説しては骨太のしっかりした小説だと思いました。

ところで,僕が教員となって一番最初に赴任したのは利島という伊豆大島のすぐ南にある伊豆七島の中でも最も小さな人口300人ほどの島の小中学校でした。僕はこの島の教員住宅で1年暮らしたんっですが,この教員住宅のトイレももちろん汲み取り式でしたので,便壺がいっぱいになると汲み取りをせざるを得ません。面白いもので一人の人間が一定期間に出す糞尿はそんなに大きな違いはないようで,利島の教員住宅では年に3回ほど一斉にトイレの汲み取りをしていました。これは島の役場にあるバキュームカーを僕たちが借りてきて,自分たちで糞尿の汲み取りを行い,自分たちでその糞尿を捨てに行くというものでしたので,教員住宅の一大事業でした。その日は晴れた日曜日で,男性教師ばかりでなく女性の先生も出て,自分のトイレの汲み取りを手伝ったりします。自分のトイレを覗かれるというのは女性の先生にとってはけっこう恥ずかしことだった思いますが,バキュームカーのホースの扱いは女性では難しいので仕方なかったんですね。さて,そうして汲み取った糞尿は自分たちで処理をしなければならないわけですが,処理をするといっても処理場なんて洒落たものがあるわけではなく,要するに勝手に捨てて来いということで,島の住宅地から一番離れた崖から海に垂れ流すということで,僕も1度けその作業をしました。バキュームカーを崖の端に留め,ホースを海に向けて糞尿を放出するるわけですが,実はこれがなかなか難しい作業で,その日吹いている風によく注意しないと放出した糞尿が風にあおられて自分たちの方にまともに降りかかってくということが珍しくありません。僕が捨てに行った日も海から島に向かって風が吹いていて,放出した糞尿が霧状になって振ってきました。そういうことがあるということは事前に聞いていたので,頭や顔はタオルで覆い,服は捨ててもいいようなもの着てい行きましたが,いやぁー今思い出すとけっこう大変な体験だったなと思います。というわけで,今日はちょっと汚い話になってしまいましたが,火野葦平さんの『糞尿譚』,なかなか面白い小説ですので読んでみて下さい。

それでは,また。

こんにちは

今日も暑いですね。昨夜は印旛沼の花火大会でした。子どもたちがまだ小さい頃は毎年花火会場の近くまで家族4人で出かけましたが,やがて子どもたちはそれぞれ友だちと出かけるようになり,ここ10年以上は家内と二人で夕涼みがてら出かけることが多くなりました。去年は 僕は入院中で,病院の窓から見物しました。今年はリハビリと夕涼みを兼ねて花火がわりとよく見える住宅街の道を家内と二人ゆっくり歩いてきました。

さて,久しぶりにブックレビューです。これは入院前に読んだ1冊です。

1966(昭和41)年刊行の箱入単行本です。収録されているのは「咲庵」「台上の月」「厚物咲」「テニヤンの末日」「少年死刑囚」の5作品です。帯のコピーは「中山義秀にとって横光利一との邂逅は決定的だった。作家として立つべく志を立てた義秀は中学の英語教師をしながら文学修業をつづける。 二つ年上の横光は既にその頃文壇で脚光を浴びていた……。 昭和13年「厚物咲」で芥川賞を受賞,文壇へデビューするまでの苦闘の半生を描く「台上の月」他,最近作を収録。」となってきます。最初の「咲庵」は明智光秀を描いた歴史小説です。光秀が何故信長に謀反したのかというのは,歴史学者だけでなく歴史に関心のある人なら誰でも興味ある問題ですね。小説の世界でもいろいろな作家が描いているテーマだと思いますが,この作品もけっこう面白かったです。「テニヤンの末日」は,太平洋戦争の戦場となったテニヤン島が陥落する最後の様子を描いた戦争ものです。テニヤン島はガダルカナル島やサイパン島のなどに比べるとその悲惨さは多少薄いのかなという気もしましたが,それでも悲惨な状態だったことに変わりはありません。「少年死刑囚」は,手記という形式にした18歳未満の死刑囚の心理を克明に描いた作品です。昭和18年の強盗殺人事件という戦争中の事件ですが,現在でもこれはなかなか重たいテーマですよね。芥川賞受賞作の「厚物咲」は二人の老人のつながりを描いたものですが,僕はこういう小説は好きです。小説として読んで面白いです。ふ~~ん,へ~~,なるほどね,うんうん,そうなんだ,っていう感じで読める小説だと思います。「台上の月」は帯のコピー通りの作品です。中山義秀さんは戦後も活躍された作家さんなんですね。僕はぜんぜん知りませんでした。ごめんなさい。

それでは,また。