日本人の殺人事件の実に4割から5割にかけてが自分の家族を殺した事件なんだそうだ。
異常すぎる。自殺者年間1万人と同じくらい異常だ。
なにか日本人は「死」に対して潜在的に異常な考えをもつDNAを持っている民族なのかもしれない。歴史的、世界的に有名な「切腹ハラキリ」と「特攻隊カミカゼ」がある民族だもんね。
さて一昨日、東京都足立区で父親がナタで同居の母親と妻を殺害した。次男は側頭部陥没に両手首切断で今も意識不明の重体。なお長男は大学の受験勉強のため外出中だった。
いたましすぎる。そして、この父親に対して怒りがわく。
身勝手すぎる。人生に絶望感を抱くのは彼の勝手だ。しかし、自分以外を巻き込んでどうするんだ?家族をどう思っているんだろうか?家族は親父がいなくても生きていけるんだよ。
自分勝手に道連れにする無理心中は頭にくる。確実に死刑だ。
そしてこの被害者の次男の未来を考えるとやりきれない。どれだけかは未知数だが脳に障害をもち続け、さらに両手首がないのだ。もしかしたら、彼はこのまま意識が戻らないほうが幸せかもしれないとも思ってしまう。さらに長男もどうやってこれから生きていくというのか?家族が自分一人になるかもしれない。もしくは次男の意識がもどったら、入院か通院に費用がかさむ次男を18歳にして養っていかなければならなくなる。もちろん受験をあきらめなければならなくなる。絶望の人生を18歳で歩むことになった。おいらには想像できないほどつらいものだろう。
それもこれも自分勝手に人生をあきらめた父親のせいだ。一人で生命保険をかけて自殺してくれればいいのだ。そんな父親いらない。
この父親は仕事がうまくいかず、廃業を決めその借地権を売ったばかりだったという。しょうもない。おいらなんて何回職を変えたと思ってるんだ(爆笑)
この事件で思い出すのが、数年前の、全く同様の事件。
その無理心中を図った父親は写真屋だった。
実は、おいらの実家も祖父から続くカメラ・写真店だった。市内で老舗で(というとある程度の年齢の人なら、うちがバレるかも(笑))、ピークでは従業員も何人も雇っていたそうだ。それが家族経営となり、カメラを売るのをやめ、店頭受付をほぼやめて、ほそぼそと企業との取引が大部分となっていった。生前父親は、まだまだ一般化していなかったデジタルカメラの資料を大量に取り揃えて今後の対策を練っていた。
時々、考えてしまう。今、おいらの父親が生きていたら、どうなっていただろうか、と。今ごろ、何をしているんだろうか、と。
正直、フィルムの現像、プリントだけでは、もう写真屋は生きてはいけない時代である。写真屋さんはもう不要な時代になった。
おいらの通勤・帰宅途中に写真屋がある。デジタルプリントがどうの、と幟(のぼり)が立っている。おいらは自分の父親のこともあって、少しでも何かの足しになればと、デジタルプリントをしに店に入った。
すると、プリント代がコンビニよりも1枚につき5円高い。まあ、それは別にいいと思ったが、プリントがすぐできないないとぬかす。30分後だと当然という顔でいうのだ。おいらは帰宅途中。すぐできると思っていたのに、一旦、家に帰って30分後わざわざ戻って受け取らなければならなくなった。もう絶対、たのまねえ、と思ったものだ。
訂正:今日、帰宅途中にノボリを見て確認しました。できあがりまで、30分待て、ではなくて55分待たなければならなりませんでした(笑)