あるネズミの実験。

まず1つめの部屋には、ランプがつくと、必ず餌が出るように仕掛けを作り、ネズミを入れる。

次に2つめの部屋には、ランプがつくと、時々餌が出るようにして、ネズミを入れる。

この二つの小部屋での実験。

両方とも、まず、ランプがつくとネズミが餌の場所に行くまで学習させていく。

で、そのあと、ランプがついても、もう餌を出さないでいるとどうなるか。

1つめの必ず餌が出ていたほうのネズミは、出なくなると、すぐあきらめてランプには無関心になる。

が、2つめの時々餌が出ていたほうのネズミは、いつまでたっても、ランプがつくたびに餌の場所に行っていたという。

これが、ギャンブルの本質で、たまに当たるから病み付きになる。人間もネズミも同じなわけだ。

が、おいらはどうしてもギャンブルが好きになれない。おいらなら2つめの部屋に入れられると、時々出る時点であきてしまうだろう。

麻雀だけは中学校のとき凝った。しかしそれはゲームとしてだ。いかに綺麗に迷彩できるか、そればかりに凝った(笑)まあ、いつしか飽きたが。

競馬は、どんなデータがどれだけ重要なのか重要度を数値化して数値を足してく。出た数値の大きなものに掛けると勝ち馬が分かるのではと思って研究しようとした。まあばからしくて辞めた。あれだけ予想屋、評論家がいて番組もやってるのにみんなほとんど外れてしまうものをみても馬鹿らしい。プロがいろいろ考えても外れるんなら、技術や知識は関係なく考えるほうがアホだ。運だけなら宝くじは考えなくてすむ。というか、苦労して当てても競馬って配当金が少なすぎないかな。これが疑問。

パチンコは一日中、よくみんな座ってんなあと感心するだけ。パチンコも回った瞬間来るか来ないか分かるわけで、これも運。じゃあ長い間、初めからコンピューターで決められているものを眺めていて時間の無駄だ。宝くじを買えばすむことだ。

それよりもおいらは、どのように胴元(JRAやオーナー)は儲かってんだろうか、とそればかり気になる。胴元は、まず、自分の取り分を引いてから、勝った人の配分を決めるので、100パーセント儲かる仕組みだ。彼らを儲けさせるだけなんだよなあ、と思うとしらけてしまう。

さて、日本でカジノが合法化されるされるって言ってたけど、今どうなってるのだろうか。

おいらはどうでもいいが、お台場に作ると外国人観光客から大量に外貨獲得できてボロい商売だ。そして熱海の温泉地に作られると、熱海がよみがえるかもしれない。正直、温泉って疲れるだけで、値段も高いから、おいらは嫌いだ。近頃の日本人もそうみたいで、温泉に行くよりも例えば韓国で焼肉食べたほうが面白いという人が増えた。ということで全国の温泉街がさびれていく一方で、熱海なんか深刻な状況だという。

それにカジノ特区に指定されれば活気が出るのではないか、とも思う。

カジノに反対な人は①青少年の教育に良くない。というのと、②中毒になる人が増えるというもの。

日本人はおかしなもので、ギャンブルは青少年の教育や社会に対して悪影響だという考え方を人一倍持つ民族。なのに、ちまたにはパチンコ、パチスロ賭博場が世界に類をみないほどあふれている。で、あくまでもお金は引き換えませんというフィクションまでつけているあほらしさ。

また、日本では裸の写真は良くないという考え方で、モザイクやボカシを入れる。一見、とても道徳的な民族だ。が、老若男女が簡単に入るコンビニに、堂々と、普通に、その手の雑誌が何冊も置かれている。こういう国は、数少ない。この一見とても道徳的な思想に見えて実は、類をみない不道徳国家が日本である。

で、先ほど、言った話は、カジノが出来たら、流行るという考えのもとで話した。おいらも以前は安易にそう考えていた。外貨獲得、雇用拡大、さびれた街の復活など、いいことづくめだと。パチンコ店があふれている現状を考えると批判は批判に値しないとも思っていた。

が、最近、どうかな?と思い始めた。

日本のパチンコ、パチスロ賭博の技術が向上する中、カジノみたいなものが本当に流行るのだろうか?一世代前のような単純な賭博場に日本人が満足するんだろうか?


この疑問を同僚にきいてみた。彼は仕事の帰りに仕事場の近所で毎日少しパチンコを打ち、電車に乗ってさらに家の近くでパチスロを打つ。土日はゲームセンターにも行くという完全に間違いなく中毒である。ちなみにラスベガスに行った経験ありだ。

で、その人にきいた。「カジノが出来たら流行るだろうか?日本にはあれだけ発達したパチンコ店がある」と。「ん、どうだろうね。」と考えるので、「じゃあ、どうやったらカジノが流行ると思う?」と質問を変えてみた。

その人いわく、「中にパチンコ台を置いて24時間できるようにしたら、いいだろうね」

なるほど!それならカジノは、流行るわ!