パート VII

おいらは英語学習本をたくさん読んできた。まあここ数年はあまり見ないようになったのでネタ的には少々古いが。。。日本の英語学習本は玉石混交、、というよりも石だらけと言っていい。


なんも英語学習に対して苦労していないバイリンガルや外国人の著作はそれだけで却下だ。まあ、ペラペラっと読んで、やっぱりねえで終わる。効率的あるいは正確に知ってないのにえっらそうにい。。としか思われない。日本人のリスニングに苦労するというのが身をもって体験していない人っていうか、リスニング学習による上達ということを知らない人がリスニングについてどうして偉そうにいえるのかね?

まあリスニングに対してはただ聞け!というものと入門者に発音の超簡単な規則を教えて、さあただ聞け!というものばかりなんだけどね。


以下思いつくままに書くと。


①秀逸だったのが「オバケの英語」(ドリアン助川著)だ。一度、ここで言ってもいるが、これは表向き英語の発音練習本である。が、真のメッセージがすごくて、英語本としては唯一といっていいだろう。それは、「アメリカに留学しても英語なんて普通はできるようになりはしないのだから、所詮日本で勉強してもできるようにはならねえんだよ」というもの。そしてアメリカに留学して英語をものにするには「チェス」をしろというもの。実際アメリカの外国人が学びに行く語学学校に行ってもネイティブとは知り合えないし、町に出ても普通会話はしない。ネタもない。唯一片手にチェスを持ってバーにでも行けば、「お、チェス持ってんな、やろうぜ」となり雑談はそこで生まれるというわけ。これ、ものすごく当たってると思う。ただ、英語教材本としてあるまじき本だとは思うが。


②大リーグ長谷川投手が本を書いていた。彼は球界で一番の英語ペラペラとして知られている。

内容は、ぶっちゃけると、アメリカに行ってチームメイトとよく会話をしてCNNを聞けというものだったなあ。役にたたねええええ


③空手の角田さんが本を書いていた。彼はK-1の元選手、レフェリーそして通訳としても活躍するほどの人である。彼は英語教師の免許も持ってるし留学していないのにペラペラである。

内容は、ぶっちゃけると、関西外大に行ってマスターしたんだよ、というものだった。その中でもディクテーションはためになったっていうのと、スピーチもいい練習だみたいなことかな。

普通の日本人にはやはり役にたたねえええっていう感じだった。が後日談がある。偶然にもおいらの彼女の大学には関西外大からの留学生が何人かいるし、日本語の授業の講師も関西外大関係の講師だと聞いた。普通日本人の留学生というのは、英語ができないパッパラねえちゃんが遊びにきてそのまま帰国するというパターンが99.9パーセントだが、彼らは普通に会話できるそうである。現在中高生の人は関西外大を考えてみてはどうだろうか?この大学よりも偏差値は高いが、授業内容がお粗末で結果どうしようもないという大学は数多くある。そしてこの大学はかなり留学に力をいれているらしい。例えば早稲田より英語はものになると思う。


④さて本題。「英語は逆から学べ」という本。苫米地氏が著。偉そうに、脳科学からどうのって言ってけむに巻いているだけで、なあんてことはない本。言語は赤ちゃんが学ぶように学ぶべきなんだ、という本。数年前に流行った「英語は勉強するな」(韓国人著)と同じことを脳科学ではって偉そうにいいながらのプラス独自の方法で述べているだけである。

赤ちゃんのように、大人が、だらだらと無批判にひたすら数年間(?)字幕なしのDVDを見続けられるか??

不可能である。でもできなかった人に、「それは途中で挫折したからだ。挫折しなければ成功するのだ。これが脳科学だ」と著者は言うだろう。カルト教祖が高いお守りを買わせて、願いがかなえられないとき、それはお前の努力が足りないのじゃ。もっとカルマを上げるように努力するのじゃ。というのと同じ論法であり、汚い。

大人に効率的なことは知識と応用力を使うことだ。確かに彼がいう、明治以来の文法はしょっぼいものであり文法偏重学習は弊害でしかないというのはわかる。が、役に立つ文法を副読本としてなら予測と理解に役立つ(例えばグーグル副社長村上氏がすすめる「超英文解釈マニュアルは初級者にはとても役立つと思う。)。あるいは、発音規則を学ぶことは応用がきく。例えば、ここで話したことがある「母音+L」はオウと聞こえる。という規則を知っていればpencil=ペンソウだと理解しほかの単語にも応用もきく。が、この本では、文字も廃し、赤ちゃんが習得するようにさせるわけだから、はじめはペンソウと聞こえても片仮名でペンシルであると気づかない。そして気づいても空耳もしくはペンシルのときだけペンソウかなという思いが残るだけで、「母音+L」がオウになると気づくのはず~~~っとのちの話ということになる。一事が万事そういう習得方法がいかに大人には非効率かおいらは身をもって体験している。


さらには、空耳対処法である。


では空耳というのを説明する。

日本のリスニング練習信仰には、文字は絶対に見たらだめ!とにかく耳を慣らすために聞くだけ、というものがある。これではずっと空耳は解決できない。

視覚には錯覚というのがあるのは知られている。だまし絵なんてのもある。いろんなだまし絵があるがその中には脳は今までの経験を補って像を作り出すことを逆手にとるものがある。

空耳はまさにそうで、脳は絶えず経験をもとにして声を認識している。たとえば、雑踏の中、向こうで10年ぶりにあう友達が叫んでる。「おおおい!!ひ○しぶり~、げ○きだっ○?ちょ○と、ふとっ○んじゃな○か?」と実際は聞こえているのに、脳で自動的に「久しぶり、元気だった?ちょっと、太ったんじゃないか?」と知らずに補っている。経験がないものは無理矢理経験したものをはりつけて補う。「タモリ倶楽部」でやる「空耳アワー」はまさにそれである。外国語は経験上知らないから、知っている日本語に自動的に変換してしまう。それを楽しむコーナーである。おいらそれを最近、楽しめなくなった。それはおいらの脳が聞いた音を日本語として処理せずそのまま英語などに変換するからだ。特にあのコーナーでおいらに興味深いのはフランス語の「R」を必ず日本人は全くないものとして日本語として処理していることだ。そしてこの空耳の現象は一度、脳が決め付けるともうそれでしか聞こえないというものだ。

おいら、小さいときセサミストリートのテーマ曲で、最後らへんのところをずっと絶対「ABC!」と思ってた。それが後々、「・・・air is sweet」だと知ってびっくりしたもんだ。経験上ABCだと脳が判別してそれと断定したからである。

文字を見るまで気づかない。それを文字を見ないでとにかく聞けば、耳は開くのだというのは非効率である。

で、苫米地氏が実際、英語習得をどのようにしたかが、興味深い。彼はただ子供のころにアメリカに住んでただけなのだ(笑)言語習得の過程を全く体験していないのだ。で、彼はとても自信家で、飛び級をしたとか脳科学でアメリカ1の大学に行ったとかいう。自分は1位以外なったことがないという偉そうな態度である。でも日本では、上智大学。上智大学は言葉は悪いが帰国子女なら誰でも入れるようなところ。しかも英語専攻(笑)。日本じゃとても脳科学を大学院で学ぶ資格を得られない。そして有名な話だが、麻原死刑囚の長女と結婚している(笑)オウム信者から洗脳をとくことを頼まれた彼は、そこで知り合った麻原の娘に手を出したわけである。麻原がお父さんというわけである(笑)。


ちなみに「英語は絶対勉強するな」の筆者の韓国人は、ドイツに留学してドイツ語を勉強してその知識によって英語を習得している。(ドイツ語と英語はたかだか2000年前は同じ言語であり、酷似している言語である)。全く説得力がない。


苫米地流は、見たものを推察するという過程があるが、「英語は絶対勉強するな」は、音だけの学習法。

音→聞こえる→意味が分かる→脳でイメージ化するという過程が必ずある。が、「英語は絶対勉強するな」では、ただ聞けというわけ。目は使うなと。意味が分かるという過程をすっとばして、つまり、聞こえるだけで、意味は分からず、どうやって、文章を脳でイメージ化できるというんだろうか?頭おかしいんじゃないかとしか思えない。

赤ちゃんを見習えって著者は言うが、赤ちゃんにただ、口だけで話しかけても(盲目の赤ちゃんならなおいっそう)、言語なんて習得できないと思う。考えたら分かることだが、こんな霊感商法的手法が一時流行って著者は金持ちになった。彼が留学せず、一人で実践した経験上というのならまだしも、言ったように彼はドイツ留学経験者だ。そして、中に出てくる話は、過程の日付を表にまとめていったららおかしいと気づくので、フィクションだと分かる。


っていうか、赤ちゃんが母語を習得するように、外国語を学べというのは、子供を育てたことがある「女性」なら分かることだ。はあ??って。赤ちゃんは言語なんて習得できない。赤ちゃんから子供になってようやく意思疎通がまあまあできるようになるくらい。小学校上がるくらいつまり6年も母語だけをシャワーのように浴びても、言ってることを、どのくらい理解してるのか、ほとんど理解してないのか、お母さんの経験がある人なら思ったことがあるはず。文法や言葉づかいもいつもいつも繰り返し注意する。

赤ちゃんのように学習しろという人は、子供を相手にしたことがない男であり、何も知らない。


大人であれば、使える文法を知識として蓄えることができ、辞書を引いて瞬時に意味を理解することができ、文字を読み暗記することができる。大人な脳を使うことで、TOEIC900点超や満点くらいなら数ヶ月で取れたという人はザラだ。それは、大人でしかできない効率的な学習方法をしたからだ。


(なお、ここではおいらの体験的主観から述べている。おいらに反対であるのならどうぞおやりください。そういわないと訴えられますからな。そして挫折してください。あるいはあれについてどう思う?という質問もいいですよ。)


いつか続く。