蔵馬「貴方の美しさを根本的に自覚するとしたら、
君はどうする…?」
飛影「お前はお前らしくあっても、お前らしくあってはいけない、そういうことだ」
暗黒武術会か…。
命を省みてはいけない死闘。人間側に手を貸した、という理由からオレたちを血祭りにあげたいらしい。
勿論、槍玉に挙げたいだけに過ぎない。本音は何でもいいから殺して、その死に様を拝みたいだけだ。
飛影は腕を組んだ。
「面白い…」
冷めた笑みを含んだ唇の端が、僅かに吊り上げられる。
公的に認められた殺し合いのゲームであるに過ぎない。腕試しをするには、いい機会[チャンス]だ。
下級妖怪並に落ち込んでいた妖力をそろそろ本気で取り戻さなければ、生き延びる術もないというだけのことだ。
勝利の命運を分かつのはメンバーの実力であろうが、特に幽助がこれをどう受け止めるのかが楽しみでもある。
ただ、あの一人を除いては。
雪村螢子ではない。幽助にくっついてきた、もう一人の厄介な人間の方だ。
図体だけが無駄にデカい、でくのぼうだ。
今のうちからでも手を引いた方が身のためだ。
こんな殺し合い以外の何ものでもない試合に参加すること自体、ヤツの人生からして何の意味も成さない。
名誉は守れないが、逃げ出せばいつ絶たれるか分からない命の心配だけはしなくて済む。
余計なことに首を突っ込み過ぎたからこそ、こういう結果になった。
だが、オレだけはここでお前が逃げ出しても特別に見逃してやるぜ。
鞘から引き抜いた刃が僅かに照らす月光を反射させている。
一瞬にして、ヒュッ、と線が入った太い樹木がゆっくりと傾いでいく。
そのとき
「オイオイ、危ねーな…って、飛影か…」
心中噂していたら、目の前に本当にヤツが現れてしまったらしい。
「……こんなところまで、遙々何しに来たんだ?」
「何しに来た?はねーだろ。オレだってなー…、戦力になるために、それ相応の霊力を身につけなきゃ生き残れない大会なんだぜ」
「何とかで3位がどうのとか言ってなかったか? それほど腕のある実力者なら、もういいだろう。試合はオレ達に任せて、お前は身を隠していろ」
ふわりと心地良い風が頬を撫でて通る。
しかし、それとは裏腹にピンと張り詰めた糸のような緊張感は消えない。
また同様に、目の前のコイツもそんなことを感じている余裕は微塵も伺えなかった。
「オメーは余裕なのかもしんねー…。なに弱気になってんだ、ってオレ自身そう思うぜ」
色が変わるほどに強く握られた右手が僅かに震えている。
「だがよー、オレは例え地獄の果てまでも浦飯のヤツを追う。アイツはきっと今頃幻海バーサンとこ行ってるぜ。今に強くなる…。だが、オレも負けてらんねぇ。地獄から舞い戻ってきたアイツが二度とあの世送りされねーよーにオレは戦う。そのために、授かった能力のハズなんだ…」
浦飯幽助。
何をやらかしたか知らんが、霊界には余程世話になったと見える。
飛影は口元を笑わせた。
「ヤツのせいで、こんな目に遭わせられるんだからな。せいぜい強くなってもらわないと困る。…それで? 貴様は、足を引っ張りたいのか? 死にたいのか?」
「聞くまでもねー。強くなりたいに決まってんだろ」
桑原は面白くなさそうに、息をついた。
「…手合わせ、してやるぜ」
飛影の腰に提げられていた剣(つるぎ)が舌なめずりをするかのように、鋭い金属音を立てて引き抜かれた。
「おお。やろうって気なら、断る理由なんざどこにもねーからなー」
桑原は先ほどから一向に相手する気のなかった飛影に違う風が吹いたことを受けて、顔を上げた。
繊細な笹の葉が強い風の中で次々と悲鳴を上げるかのようにざわめいていた。
「貴様のスピードも霊力も大体把握できている…」
飛影が剣を構えると、桑原も右手から霊剣を出現させた。
「行くぜ!!」
桑原は光線を幾重にも振りかざし、飛影に向けていくが、それをも上回るスピードで交わされていく。
『強くなりたいに決まってんだろ』
どうしてコイツは…、そんなにも容易くそんな戯言が吐けるのか。
目を覚まさせてやりたい。力が全て、の世界ではそんな言葉の持つ力がどれだけ浅はかで脆弱な意味をもたらすのか。
本当の実力に気づいたとき、いかに自分が無力な存在かを知ったとき、それまで手にしていた自信もろとも足下から崩れ去ってしまうのだ。
一瞬で虚無感に包まれてしまう、あの感覚を学習させてやるべきなのだ。
四聖獣との戦いで、白虎を倒したとは言え、とても危なっかしくて見れたものではなかった。
肝を冷やして戦いを見守っていたのは幽助だけではない。あの蔵馬でさえ、内心穏やかではいられなかった。
…-遅い。
もしかすると、最初に出会った幽助よりも動きが鈍いのではないだろうか。
「動きが鈍いのは致命的だぞ」
剣と同じ長さに切った竹を、桑原のわき腹に思いっきり当てる。
今のは相当な打撃を与えたハズであったが、桑原は何とか両足で踏ん張ると、腹を抑えながら、後ろに一歩下がってすぐ側にまで迫っていた飛影を見た。
「遠慮なく剣を使えばいいだろ…。すり替えんな」
桑原は体勢を整えると、飛影の懐に向かって飛び込んでくる。
「怪我をしている暇さえないぞ。寝る間も惜しんで強くなれ」
流儀も何もあったものではない。メチャクチャに追いかけ、とにかく目の前から拳の嵐を浴びせようとする。
オレはただ、ゆっくり交わすだけだ。時たま霊剣にも切り替わるが、主に肉弾戦を好んでいるらしい。
「つまらんな…。オレは霊能力を使った攻撃をもっと見てみたい。お前が完全にその霊剣とやらにすれば、オレも刀の方を使うぜ」
霊気を操れる人間、というのだけでも珍しいが、その人間の霊能力に興味がある。
飛影のその言葉を受け、瞬時に振りかざされた霊剣が桑原の右手から出現し、飛影の竹を押す。
「な、なんで…!」
豆腐を切るように半分になるはずだった竹が霊剣をいとも簡単に受け止めている。
「妖気を通せば、どんなものも何らかの変化は起こすんだぜ?」
剣に切り替える隙も与えなかったスピードだけは誉めてやる…。
飛影の瞳に冷徹な光が宿った。
一方で、桑原は霊気を押し返す、強い妖気に辟易していた。
ビリビリと響く右手に拳を作り、耐えているらしい。
「うぬぅ~…!」
「オレの妖気をいつまで受けていられるかな? まあいい…。保っている間にヒントを教えてやる」
妖気にも属性があるが、人間の操る霊気にも属性があるハズだ。その属性を自分なりに分析し、その特性を最大限に活かす方法を模索しろ。
まぁ、その点に関しては幽助より理解しているかもしれんが…。
バチバチバチッ
火花が散る。すっかり日が暮れた、夕闇の中の静寂が一掃させられる。
「笑わせんな…。もっとなんかねーのか? オレは、とっくに…そんなことには気づいてんだよ……」
「気づいているだと? それでこんなものなのか? あまりにも未熟だからこそ、言ってやったまでだ」
貴様の表面能力は確かにそれで目覚めているかもしれんな。だが、オレが言っているのは、もっと潜在的な能力のことだ。
飛影は一度、桑原の霊剣を突き返すと、また一瞬にして、腰に提げてある刀に持ち替えた
ギギギギギッッッッッ
霊気と剣がお互いの動きを封じようと、ブレーキのような鈍い音を立てる。
図体がデカいだけだと思ったが、さすがに馬鹿力だけはあるな。
飛影は霊剣を一度強く払うと、流石に桑原も一瞬バランスを崩し、隙をついてわき腹スレスレに刃の側面を当てた。
「貴様のような奴が勝ち残れるほど生易しい世界じゃない…。実力を過信するな」
「ヘッ、オメーって意外と神経質なんだな…」
知らなかったぜ、と言う間もなく、体制を立て直した桑原が霊剣を振りかざした。
「…くだらん」
即座に霊剣を押し返した飛影は今度こそ、霊剣自体を桑原の手から突き飛ばすことに成功した。
霊剣を手放してしまった桑原の表情に今度こそ緊張が走るのが確認できる。
そのまま今度こそ刃を突きつけてやろうとすると、そこに抵抗する僅かながらの力を感じた。
馬鹿な…
刃の切っ先に僅かに電光めいたものが走っている。
「オレは……、負けを認めねーぜ。そう簡単に負けを認めなきゃいいだけなんだよ…」
これは遠隔操作のような霊能力なのか…。
無意識ではあると思うが、確実に発動している。
気がついたら、柄を握っていた右腕を大柄の手がしっかりと掴んできた。
強い霊気のエネルギーを感じる。物凄い力がどこか一点にに集中されているようだ。
その霊力を借りているせいなのか、この腕はビクとも動かせない。
一瞬、雷鳴が轟いたのかと思った。
鋭い膨大なエネルギーが天から降り注ぐ。すぐ側を強い青い光が一直線に走り抜け、辺りで一番太い樹木に亀裂を入れる。それが太い根幹から折られ、ゆっくりと傾いて地面に大きな振動を伝えた。
次に目を開けたとき、それは横に薙ぎ倒され、剥き出しとなった太い樹木の鋭い断面が顔のすぐ横にあった。
体を起こそうとすると、右手に握っていた刃の切っ先が折れたのを感じる。
「…ヘ、ヘヘッ…どーよ?」
目の前にいた桑原が何やら得意げになっている。
「…いつの間にそんな技も秘めていたのか?」
「今、テメーから聞いたばっかだからよー。何とも言えねー。でも、少し分かったような気がするぜ…」
「フン」
衣服をはたきながら起きあがると、飛影はつまらさそうに顔を背けた。
「わざと反撃しなかっただけだ…」
折れた刃を回収することもなく、飛影は踵を返した。
「せいぜい…、その技を心して磨くことだ。そして、もっと意識して使えるようになれ。悪運強いお前なら、それで何とかなるかもしれんぞ」
上着を羽織る間にも、桑原が何やらこちらを見てくる。
「何だ…?」
「いや、特にねーんだけど、サンキューな。大会までにはオレも自己流で特訓をやらしてもらうぜ」
「……せいぜい足手まといにならんようにな」
飛影はそのまま踵を返すと、そのまま山奥に入り込んで行った。
更に奥の方まで足を踏み入れた飛影は右腕を左手で抑えていた。
未だにビリビリと痺れる感覚がある。
…ヤツめ…、意外と強い霊気に守られているようだ…。
これは桑原本人が、と言うよりは血筋の関係だろう。ヤツの先祖は妖怪退治などを専門にやっていた人間ではないだろうか。
飛影は確かに見た。
青く鮮烈な光が太い幹の樹木を薙ぎ倒し、刃をも砕いたのだ。ヤツが触れていた右腕もこのザマである。
舌打ちをしかけて、溜め息をつく。
ヤツの奥底に、本人も気づかないほどの大きな力が眠っている。だが、本人に伝えるつもりもない。
最初はただの大盤振る舞いだと思っていた
だが…、それに裏打ちされるような霊力も確かに眠っているようだ…。
学習能力としては、もしかすると幽助よりも高いのかもしれん。幽助のヤツも侮ってられんな…。
飛影はふと唇に薄い笑みを浮かべた。
もはや下等妖怪という括りに入れられない荒技がある。
危うく忘れかけていた存在をいいタイミングで思い出したものだ。
飛影は、もう一度深く息を吐くとゆっくり吸いながら目を閉じた。
☆☆☆
気が遠くなるほどに、鋭利で残酷な輝きを放っている月が天空から無言でその様子を見下ろしている。
額を覆っている白布がふわりと風の中に泳いでいく。
第三の目が開くと同時に、全身が強い炎の妖気に包まれた。
飛影は僅かに口を開くと、小さく呪いのような言葉がそこから紡ぎ出された。
魔界の炎の中でも最も殺傷能力が高いとされている黒炎及び黒炎の化身である黒龍と契約する…
代償はこの体だ。
妖気が足りなかったなら、オレを食らうことのできる条件だ。
悪くはないだろう。
オレの力が不足したとき、貴様はこのオレの体で自由に生きられるんだぜ?
あまりにも無謀で命を省みないと、蔵馬に以前一度だけ呆れられたことがある。
だが、今回は巻き沿えを食らったヤツだって、それこそ死にもの狂いで強くなろうとするだろう。
死にたくなければ、強くなれ…
「……」
飛影がふっと空を見上げると、月は真っ赤な色をしていた。
業火に似た、狂気の黒い炎が歓喜に近い感情を以てして身の回りを暴れ狂う。
自らの炎の妖気をエサにおびき出したとは言え、おぞましくも冷酷な匂いがする。
「喚び出したのは…、お前か。小僧…」
取り囲まれ、顔の近くにまで訪れた黒龍が黒炎を吐き出す。その呼吸から僅かに言葉を紡いでいるような声だ。
「そうだ…。貴様の力を貸してもらおうか」
「誰に向かって口を利いている?」
黒龍の頭部より離れた尾先が、手前に流れている川の流れの中にに手荒に振り落とされた。
水面からみるみる蒸気が立ち昇り、物凄い勢いで川の表面が蒸発していく。流れ出すような水蒸気が辺りを覆い尽くし、光も朧気に反射する妙に幻想的な空間が拡がった。
「まぁいい。気を抜くなよ。オレに貢ぐ妖気が足りなければその時点で、そこから喰らい尽くしてやる…。お前の身の内側から骨も残さずに焼き尽くしてやるからな」
おどろおどろしく飛翔した黒龍が残酷な笑みを浮かべたと思った。
その次の瞬間、あんなにも立ち籠めていた水蒸気を蹴散らし、飛影の正面、まるで腹を突き破るかのように、体内へと一直線に飲み込まれていった。
表面温度が異常に上昇し、まるで地上に息吹を与えた太陽のようだ。マグマのように、体内の中を駆け抜け、暴れ回る。
いくら炎の属性を持つ妖気でも、この桁外れの熱気には飲まれてしまいそうだ。
サウナのように、辺りを漂っていた水蒸気が汗と入り混じって肌の表面に降り注ぐ。熱さというよりは、チリチリと焼ける、針金の先でつつかれるような嫌な、鋭い痛みがどこかにある。
どこか遠くで叫ぶ声が自ら発しているものだと気付いたとき、飛影は同時に意識を手放した―――。
