昨日の記事 でお話した通り、「私がLucky Raccoon Nightに行かなきゃならん」

と思った理由をお話します。

もう、長いし、暗いし、ミスチルとか桜井さんとか無関係な話で

テーマ通りのサムエル絡みのお話で

多分ミスチルファンの方々は読むのが苦痛だと思います。ごめん。でも書かなきゃ整理つかん、私の頭の中で。



「光の糸とLucky Raccoon Night(1)」

「光の糸とLucky Raccoon Night(2)」

の続きです。

多分読んで頂けるなら最初からじゃないと何のことやらだと思う。




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桜井さんを見たい!!!

どうしても見たい!!!!!



ファンのくせに、そういう理由じゃないから、ここで言うのはすごくためらったし、行けない人にこれほど申し訳ない事はない(でも私だって結局チケットとる努力して手にしたんだからそこはご勘弁を)。



でも、私はサムエルの解散ライブに行った後、何のライブも無しで今年を耐えきれる気がしなかった。


それほどまでに彼等の解散は、私の中で大きい。




だけど私はやっぱり歌い手として桜井さんがものすごく大好きで、

東京も大阪も行ける事になった今となっては、サムエルの解散ライブもラキラクも、行けない人がとっても多いから、必死で楽しんでやるんだ!という気持ちが強い。

どっちも、とっても楽しみ。






私の中では、うたを失う哀しみは、うたでしか補えない。







次の日曜が、ついに、解散ライブの日。

近付いてきたから、今日はこんな記事にしました。


読者の殆どがミスチルファンという中で、ほんとすみません。


でも書いてすっきりした。最後の一瞬まで、見届けなきゃ。ほんとにほんとに好きだから。





今書いてて、もう既にちょっと涙ぐんでるんだけどね・・・。





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ねこ

昔、まだ大学4年生だった頃(昔といっても2年くらいしか経ってないか)

雨宿りをする猫の話を日記でしたことがある。

当時はブログなんて一般的なものであるはずもなく、私の日記も「web日記」というカテゴリーで、今みたいに「コメント」とかそんなものをつけられる仕様ではなかった。

でもとても気に入っている文章は日記にたくさん転がっている。



雨宿りをする猫の話というのは、

雨の土曜に学校に論文をプリントアウトしに行ったら、雨よけとは言えない、細い窓の縁の下で、猫が一人雨宿りをしていた。

窓の縁なんかで雨を避けられるわけもなく、でもその猫の姿は明らかに「雨宿り」で、

体の大半は濡れていたが壁にぴったりくっついて、なるべく濡れないようにしていた。


私にとってその雨は大した雨ではなく、その猫に傘をあげようと思った。

完全に好意なわけだが、猫に近づいていくと、猫は人馴れしておらず、早々に逃げた。

この、逃げた分だけ、猫は余計に雨にあたってしまったのだ。

結果的に私はお節介だった。




人間の私から見たら、無意味な窓の縁も

その猫にとっては、精一杯の雨宿りだったに違いない。

それと全く一緒で、人になんと言われようが、私にとって「うた」は唯一無二のもので

「好きな人たちが何かを終わらせるために歌われるうた」で、この一年が終わってしまうのは

あまりにも耐えがたかった。

その後に新しい何かは待っているのだろうけれども。


私にLucky Raccoon Nightに行く資格は無いかもしれない。

でもこの空洞を、完全に埋められはしなくとも、

「何かを新しく作って楽しく歌われるうた」を聞きたくて仕方ない。



私の10月と11月は、色んな思いが整理しきれないまま、きっと単純に重苦しくあっさりと過ぎて行く。

それをどう思うか、その瞬間を迎えてみなきゃわからない。

日曜日。私は一体ライブ会場でどんな表情をしているんだろ。