昨日の記事 でお話した通り、「私がLucky Raccoon Nightに行かなきゃならん」

と思った理由をお話します。

もう、長いし、暗いし、ミスチルとか桜井さんとか無関係な話で

テーマ通りのサムエル絡みのお話で

多分ミスチルファンの方々は読むのが苦痛だと思います。ごめん。でも書かなきゃ整理つかん、私の頭の中で。



「光の糸とLucky Raccoon Night(1)」 の続きです。

多分読んで頂けるなら最初からじゃないと何のことやらだと思う。



******



自分の中で、凄く大切なものがなくなってしまうという感覚にどうしていいかわからず、混乱した文章は今もブログにそのまま残っている。

結構恥ずかしいので消したいところだが、あえて自分の想いとして載せることにした。


相当な倍率だった解散ライブのチケット戦線は先行全部外れ、一般は10時に電話がつながったにも関わらず売り切れであっさり負け(FCは訳あって更新出来ず先行時会員じゃなかった、今は会員)。



それでも凄くラッキーな巡り合わせで、解散ライブのチケットを一枚だけ手にすることができた。


多分これって奇跡以外の何物でもなかったと思う。

だってミスチルファンの方がチケットとってくれたんだもの。

現在ブログを休止なさっているのでリンクを貼ってご迷惑になるといけないので貼りませんが

本当に感謝してもしきれないです。

結局私はこうしていつもいつも人に助けてもらってる。

運も実力の内なんて言うけれど、本当にそうかもしれない。


あぁ、私、ライブ行っていいんだ、って、凄く感動した。


サムエルを通して知り合った方の分をとれなかったのは悔しいし、彼女には悪いと思いつつも、嬉しくて今までに無いくらいぼろぼろ泣いた。

ライブ当日はもっとぼろぼろだろうけど。



その時初めて、「10月22日(=解散ライブ当日)で私の中の何かが絶対に壊れる」と明確に思った。

別に3人が「いなくなる」わけではない。これから個々の活動はすると思う(実際伊藤君はサポートギターでライブ決まったみたいだし)。


でも「3人でサムエルの歌をうたうこと」は無くなってしまう。

彼等が私の精神的支柱の一つを担っていた事は自分でも疑う余地は無い。

それが22日で崩れた時に、果たして私はどうなるんだろう?と考えた。

そのまま普通に日常は過ぎていくだろうし、私も日常の人前で感情を吐露するつもりは無い。


でも、なんだろう、言葉にはできない不安とか、サムエルの3人でうたわない、新しい曲を作らない事の、変な言い方だけど「怖さ」を感じた。

「夕立ち」とか「光の糸」とか「cold flower」を初めて聞いた時の「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」というあの感覚を二度と味わえないかと思うと。



Something ELse
風見鶏 [CCCD]


ステージ上で「3人」が立って「3人」でうたうことは、きっと最後なのだ。

それを、私は、見届けるんだ。




「ミスチルが解散したらどうするー?」と冗談で人に聞かれる事はよくある。

私はこれまで深く考えた事もなく「今までの曲を聞くよー」と答えてきた。

でもサムエルを大好きになって、ミスチルと同じように愛し抜いて、その彼等がいざ現実として「解散」を選んだ。

初めて体験する「ヲタになれる程好きなバンドの解散」に、私は多分もう「今までの曲を聞くよー」とは答えられなくなると思う。



うん、ちょっと話がそれた。


チケットを手にした時、行ける喜びと一緒に、「これが終わったらどうなるんだ?」「今年、サムエルの解散。で終わってしまう」今年の残りが、とてつもなく長く感じて、「好きなものが終わる」という虚無感だけが残る気がした。



本当に申し訳ないと今でも思っているが、だから、その虚無感を紛らわすために、ラッキーラクーンナイトに行かなきゃ、と思った。
本能的に、みたいな感じに近い。酷い女だ、私。



かげ