祝、紀元節
1873年(明治6年)に、2月11日と定められた神武天皇の即位日。
四大節の一つであり、日本が国家としての成り立った日ということになります。
後で参考映像もつけますが、こうした歌もあります。

産経新聞の記事転載です。
建国記念の日 政府自らが祝ってほしい
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130211/plc13021103400004-n1.htm
47回目となった今年の「建国記念の日」も政府の主催や後援による記念式典は開催されず、残念といわざるを得ない。
日本書紀によれば紀元前660年、橿原(かしはら)宮(奈良県)において初代神武天皇が即位した。その日を太陽暦に換算したのが2月11日である。
明治6年、政府はこの日を「紀元節」として祝日に定めた。
当時の日本は、西欧列強がわが国を植民地にするかもしれないという脅威の中で、世界に伍(ご)していくべく新しい国づくりが求められていた。
紀元節の制定は、建国の歴史を学ぶことで国民に一致団結を呼びかける意味があった。
しかし先の敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって紀元節は廃止され、建国にかかわる神話も学校では教えなくなった。
国民の強い要望に応え、2月11日が「建国記念の日」として復活したのは昭和42年である。名称は変わったものの、祝日法に「建国をしのび、国を愛する心を養う」と明記されたのは、まことに意義深いことだった。
それにもかかわらず、市民活動家らはいまだに「建国記念の日は国家主義の復活、戦争の美化に通じる」などと訴えている。理解に苦しむばかりだ。
建国を祝い愛国心を養うことが、どうして国家主義や戦争などに結びつくのか。
わが国はこれまで一度として国家が断絶することもなく、一系の天皇を戴(いただ)きながら連綿と継承されてきた世界でもまれな国である。祖先が建国の歴史に誇りを持ち続けたたまものといえよう。
以上、転載でした。
つづきは、リンク先をお読みください。
仰るとおりかと。。。。
以下は、つたない、自分の解釈による、天皇と、建国の詔と、日本のあり方に関する記事です。
まあ、色々文句がある方もいらっしゃると思いますが、、、、ご容赦ください。
日本がどのような国になろうとしたかというのは、神武天皇の即位建都の詔が、それをあらわしているようです。
即位建都の詔
夫大人の制を立て、義必ず時に従う。
苟しくも民に利有らば何んぞ聖造に妨わん。
且た当に山林を披き払い宮室を経営りて恭みて宝位にのぞみ、以って元元を慎むべし。
上は則ち乾霊の国を授けたまいし徳に答え、下は即ち皇孫の正を養いたまいし心を弘めん。
然して後に六合を兼ねて、以って都を開き、八紘を掩ひて宇と為すこと亦可からずや。
正確かどうかは、自信がありませんが、自分が調べたところでは、以下のような意味になるようです。
大人(ひじり)の制(のり)を立て、とは、
正に天照大神から連綿とつづく「神の子」の自覚と、謙遜の徳を表わしているそうです。
苟(いや)しくも民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば何んぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わん、とは、
聖造は、天皇の仕事、職務ということですので、国民を幸福にすることこそ天皇の仕事である、と言う事を意味しています。
上(かみ)は則(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国、とは、
武力で先住民を制圧したのではなく、天の大神より国を委託たれたという気持ちの表現だそうです。
下(しも)は則ち皇孫(すめみま)の正(ただしき)を養いたまいし心を弘(ひろ)めん。然してのちに、とは、
神の国の正義を、自らの心の中に養い、かつ修養して喜べば、喜び事が喜びにくるの原理に従っ
慶びを積み、心を明るくして神の光を自己に受信しうる波長を心に起こすと、自然に「八紘を
掩ひて宇と為す、ことができると言う事とだそうで。
要するに、まず日本が為すべきことは、「道義国家」の確立だということだとか。
六合(りくごう)を兼ねて、とは、
上下四方、十方世界、世界の中心にということであり、
八紘(あめがした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為すこと亦可(し)からずや、とは、
四海一家、世界は道義の世界ではひとつということであり、一つ家の下の家族のようになろう、と言う事だそうです。
こうした話は、左翼によって、とんでもない曲解で世に伝えられている事も多いようです。
また、自分も知識がそれほどありませんので、皆様に正確に伝えられないところが情けないのですが、、、、。
天皇の最も重要な仕事というのは、祭祀(さいし)です。
皇祖、そして神々を祭り、常に「国安かれ、民安かれ」と祈られ、国民を大御宝(おおみだから)として、自らよりも大切にいつくしまれる、、、というのがその心根です。
そして、国民、、、臣民は、その天皇と天皇が作られる家である国を守るために、道義によって多くの人たちと理解しあって幸せになりましょう、、、、というのが、国民と天皇、そして日本国が目指すべきところ、なのだそうです。
左翼は、こうした思想で、アジアを侵略したとか、言いまくってきました。
日教組に支配された学校教育では、なかなか、こうした事は教えてくれません。
自分も、諸先輩方から、色々話を聞いて、おぼろげながらに、ようやく理解し始めたところです。
日本国の歴史と、日本の在り方、、、、もう少しちゃんと学びたいものです。
子供には、とりあえず日本の神話を教えるとしますか!!
本日の記事の多少荒い解釈などは、ご容赦ください。
参考までに、紀元節の歌です。
四大節の一つであり、日本が国家としての成り立った日ということになります。
後で参考映像もつけますが、こうした歌もあります。

産経新聞の記事転載です。
建国記念の日 政府自らが祝ってほしい
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130211/plc13021103400004-n1.htm
47回目となった今年の「建国記念の日」も政府の主催や後援による記念式典は開催されず、残念といわざるを得ない。
日本書紀によれば紀元前660年、橿原(かしはら)宮(奈良県)において初代神武天皇が即位した。その日を太陽暦に換算したのが2月11日である。
明治6年、政府はこの日を「紀元節」として祝日に定めた。
当時の日本は、西欧列強がわが国を植民地にするかもしれないという脅威の中で、世界に伍(ご)していくべく新しい国づくりが求められていた。
紀元節の制定は、建国の歴史を学ぶことで国民に一致団結を呼びかける意味があった。
しかし先の敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって紀元節は廃止され、建国にかかわる神話も学校では教えなくなった。
国民の強い要望に応え、2月11日が「建国記念の日」として復活したのは昭和42年である。名称は変わったものの、祝日法に「建国をしのび、国を愛する心を養う」と明記されたのは、まことに意義深いことだった。
それにもかかわらず、市民活動家らはいまだに「建国記念の日は国家主義の復活、戦争の美化に通じる」などと訴えている。理解に苦しむばかりだ。
建国を祝い愛国心を養うことが、どうして国家主義や戦争などに結びつくのか。
わが国はこれまで一度として国家が断絶することもなく、一系の天皇を戴(いただ)きながら連綿と継承されてきた世界でもまれな国である。祖先が建国の歴史に誇りを持ち続けたたまものといえよう。
以上、転載でした。
つづきは、リンク先をお読みください。
仰るとおりかと。。。。
以下は、つたない、自分の解釈による、天皇と、建国の詔と、日本のあり方に関する記事です。
まあ、色々文句がある方もいらっしゃると思いますが、、、、ご容赦ください。
日本がどのような国になろうとしたかというのは、神武天皇の即位建都の詔が、それをあらわしているようです。
即位建都の詔
夫大人の制を立て、義必ず時に従う。
苟しくも民に利有らば何んぞ聖造に妨わん。
且た当に山林を披き払い宮室を経営りて恭みて宝位にのぞみ、以って元元を慎むべし。
上は則ち乾霊の国を授けたまいし徳に答え、下は即ち皇孫の正を養いたまいし心を弘めん。
然して後に六合を兼ねて、以って都を開き、八紘を掩ひて宇と為すこと亦可からずや。
正確かどうかは、自信がありませんが、自分が調べたところでは、以下のような意味になるようです。
大人(ひじり)の制(のり)を立て、とは、
正に天照大神から連綿とつづく「神の子」の自覚と、謙遜の徳を表わしているそうです。
苟(いや)しくも民(おおみたから)に利(くぼさ)有らば何んぞ聖造(ひじりのわざ)に妨(たが)わん、とは、
聖造は、天皇の仕事、職務ということですので、国民を幸福にすることこそ天皇の仕事である、と言う事を意味しています。
上(かみ)は則(すなわ)ち乾霊(あまつかみ)の国、とは、
武力で先住民を制圧したのではなく、天の大神より国を委託たれたという気持ちの表現だそうです。
下(しも)は則ち皇孫(すめみま)の正(ただしき)を養いたまいし心を弘(ひろ)めん。然してのちに、とは、
神の国の正義を、自らの心の中に養い、かつ修養して喜べば、喜び事が喜びにくるの原理に従っ
慶びを積み、心を明るくして神の光を自己に受信しうる波長を心に起こすと、自然に「八紘を
掩ひて宇と為す、ことができると言う事とだそうで。
要するに、まず日本が為すべきことは、「道義国家」の確立だということだとか。
六合(りくごう)を兼ねて、とは、
上下四方、十方世界、世界の中心にということであり、
八紘(あめがした)を掩(おお)ひて宇(いえ)と為すこと亦可(し)からずや、とは、
四海一家、世界は道義の世界ではひとつということであり、一つ家の下の家族のようになろう、と言う事だそうです。
こうした話は、左翼によって、とんでもない曲解で世に伝えられている事も多いようです。
また、自分も知識がそれほどありませんので、皆様に正確に伝えられないところが情けないのですが、、、、。
天皇の最も重要な仕事というのは、祭祀(さいし)です。
皇祖、そして神々を祭り、常に「国安かれ、民安かれ」と祈られ、国民を大御宝(おおみだから)として、自らよりも大切にいつくしまれる、、、というのがその心根です。
そして、国民、、、臣民は、その天皇と天皇が作られる家である国を守るために、道義によって多くの人たちと理解しあって幸せになりましょう、、、、というのが、国民と天皇、そして日本国が目指すべきところ、なのだそうです。
左翼は、こうした思想で、アジアを侵略したとか、言いまくってきました。
日教組に支配された学校教育では、なかなか、こうした事は教えてくれません。
自分も、諸先輩方から、色々話を聞いて、おぼろげながらに、ようやく理解し始めたところです。
日本国の歴史と、日本の在り方、、、、もう少しちゃんと学びたいものです。
子供には、とりあえず日本の神話を教えるとしますか!!
本日の記事の多少荒い解釈などは、ご容赦ください。
参考までに、紀元節の歌です。