以前、「夜の蝶」で書いたブログのクライマックスのシーンについて、大きくなった時に”どうして降りてきてくれなかったのか”を聞きたくて、勇気を出して聞いてみた事がある。
「なんであの時、私がこけた事を知ってて、そのまま行ったの?」
どうせ、覚えてないと答えると思っていた。
しかし、なんと母は覚えていて、至って冷静にこう答えた。
「仕事だから行かないと仕方ないじゃない」
これを聞いた子供の頃は、どうせと思いながらもなんだか淡い期待を抱いていたので、少しばかり傷ついた。
しかし、これは大人になった今、よくわかるのだ。
娘を保育園へ預ける時は地獄だった。
「ママ!ママー!!」と荒れ狂いながら泣き叫ぶ娘を、先生に無理矢理引き剝がしてもらい、胸が張り裂けそうな痛みを抱えて、車に乗り仕事へ向かう。
本当は私だって一緒に居たい。
仕事なんてしないで一緒に居たい。
だけど現実はそんなに甘くはない。
一週間くらいは娘に背を向けて車まで走る瞬間、涙がつっーと頬に伝った。
じわりと涙が滲む目で運転しながら、頭を仕事に無理矢理切り替えた。
これは自分が体験して初めてわかった事だ。
いくつになろうが、何事も体験してみないと本当の意味はわからない。
あの時、母はきっと泣いていたに違いない。
泣くとアイラインやマスカラが落ちて大惨事になるので、ぐっと堪えたに違いない。
いや、絶対そうであってくれ。
だれも悲壮感や生活感のある蝶を大枚はたいて見に来ているわけではない。
現実社会のしがらみから夜の一瞬だけ抜け出し、きれいな羽根を優雅に羽ばたかせ輝きながら空を舞う蝶を見にお客さんはわざわざ足を運ぶのだから。