「どうすれば怒られないか」だけを考えていた小学一年生の頃

 

 

 

キーボードを打つ手が、なかなか進まない時期に突入してきた。

 

この頃の記憶は、なるべく振り返りたくない。

 

ただ、家では「どうすれば怒られないか」だけを考えていた。

 

 

 

今の時代は、子供が帰ってくると、おやつを食べさせ、宿題をさせ、親が丸付けをし、間違えている所を教え、やり直しまでさせる。

 

これは当然の事であり、お母さん達は「子供に宿題をされるのが一苦労だね」というのが合言葉のようになっている。

 

この話で親近感を覚え、どこの家庭も同じだねと打ち解け、仲良くなる。

 

 

 

このような話をすると、「老害」と言われそうだが、私の昔とは正反対といったところだ。

 

私が小学一年生の頃、家に帰ってすぐに宿題をし、明日の時間割をする。

 

親が目を通すなど、一切ない。

 

学校から配られたプリントだけを、親に渡す。

 

 

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母は、初めての子育てに奮闘していた。

 

宿題が終わると、おつかいに行き、食事後にはお茶碗洗いが私の役目だった。

 

お茶碗洗いが終わり、自分の部屋で図書館で借りた本を読んでいた。

 

母が鬼の形相で、「こっちへ来なさい」と私を台所へ呼び寄せた。

 

「シンクがキレイに拭かれてない、こんなに適当な仕事をするなら、最初から何もしなくていい!」と怒鳴った。

 

母はシンクが濡れていても気付くような、そのような几帳面な性格ではない。

 

父親が大黒柱のこの家で、郷に入っては郷に従えで、母はその決まりを守るようになっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

怒られないように気を付けていても、子供の頭では考えが及ばない事で怒られた。

 

「今日で3日連続で怒られた」

「今日は怒られなかった」

 

と毎日そんな事ばかり考えていた。

 

家の中では、心が休まるどころか、常に緊張状態だった。

 

 

 

それでも、まだ怒る母の中に、愛情を見いだそうとしていた。

 

母の機嫌を損なわないようにするには、どうしたらいいか。

 

その答えが、「どうすれば怒られないか」だった。

 

この小さな家庭の中で、私は母しか頼る人がいなかったからだ。