塾のブログでもありますので、「教育」の意味を先に考えます。
「勉強しても何にもならない。意味わからない。」の類(たぐい)の意見を耳にします。
言い分は、覚えたことや身に付けたことが即、現金や食べ物に換わらないことです。
おっしゃる通りでしょう。高度な数学を学んでも、数学教師にならなければ給与という現金収入にはなりません。
遠回しな解答を持ち出す人もいます。
「論理的な思考のために間接的なアプローチを使って物事を整理、説明するために必要だ」と。商品開発や技術革新などのナレッジ系職業には必要なことです。
さて、本稿の基本視点は、教育を手段とみなしヒエラルキーを飛び越えるです。ここでは更にその先を探りたいと思います。
グローバル時代に英語は必要です。コミュニケーションを取ることから知識を得、ビジネスモデルを考え、商売に繋げるために大事です。問題は英語が話せるだけではダメなことです。それ相当な見識を有した人達のコミュニティであれば、しかるべき話題や知能が試される中で仲間が形成され、維持される世界があるからです。平たく言えば「お呼びでない」の疎外感は階層ギャップなのです。顕著なのがフランス語であることを聞いたことが有ります。
「その仏語どこで学びましたか?」
上流階級の使う文法や単語はそれ以外と明確に違うそうです。薩摩言葉がそれをまねる江戸のスパイを見抜くようにです。
コミュニティーとコミュニケーションが金運を呼び込むキーワードです。努力してその世界に入り込み、相互の情報と意思を共有することです。
企業は、単なる利益を求める集団ではなくなってきています。未来に向けて人々が共有する新たな価値を創造するところ。世界に貧困や病気、争いを無くすことが目標です。安くて良い製品をみんなが買える生活の充実は、ささやかかも知れませんが見えない価値です。
もうおわかりのことと思います。
現金を求めることは生きるために必要ですが、最上のものではない。しかし、強力に頼りがいのある価値でもあります。どう求め、どう使うかは教育が生みだす見えない価値なのだと思います。この知識をもとに本物とは一体何なのかを考えたいと思います。