漠然とした命題ですが、人生の目標は「物心両面で豊かになること」です。戦後日本の価値観はこれを求め維持してきました。しかし、価値観については時代により変化することも事実です。最近は環境問題や新興国との兼ね合いもあり、「物心両面に少なくとも不自由しないこと」に替わりそうです。
深く欲を追及することは流行ではなくなっています。
さて、身分制度があり酷く自由の制限された時代がありました。弱肉強食の日本の戦国時代。この混沌とした時代に生きた傑物がいました。
「豊臣秀吉」。
人心を掴む策士として超一流です。このブログを通じて豊かさの正体は、「コミュニティとコミュニケーション」を挙げました。富を生み出すヒエラルキーに飛び込み、その一員になることから全てが始まるという理由です。高望みをしなくても目線を移すことで全方位に可能性があります。
どんな職業人になるのか、そのために何を学び、どの学校を選択するのか。
スマートでシステマティックな現代社会に生きる有効な策です。
ここで気付いてほしいと思います。
全ての職業人は求められる能力を研鑽しながらその配役を演じている。
教師は指導するに相応しい風采と思考をします。
警察官は法令違反者を取り締まるに相応しい能力と倫理観を持ち合わせます。
人格はその職業により培われ、職業人は共通する世界にいれば同様な人格と思考になると思われます。
この視点から豊臣秀吉を視ます。
「怖い」。
多面性という人格を持ち合わせ、目には見えない絆で通じ合っている、そんなイメージがあります。
天下人になる途中そして以後も自由にヒエラルキーを行き来しています。心を見抜き、人をまとめ上げ、情報と富を求心していく。人が一代かけて築く「コミュニティとコミュニケーション」を複数築き上げています。
徳川家康もこの人物が存命である間は手も足も出なかったと思います。
あたなの周囲にこうした自由人とでも言える人がいるとすれば普通の人ではない可能性があります。普通の人は芝居をするのに精一杯です。例え本当の役者であっても制限された空間と時間の中を使い分けているだけです。
「王様と乞食」のように遊んではいけない現実の世界。
時代が求める価値に裏付けられ世界を幸福に作り替えていく。
こうした人物が本物だと言ってよいのでしょう。
私も浅学で袖すらすれ違ったことがないのが現実です。これからに期待をかけているところです。