「負いやすいわたしのくびきを、私といっしょに負って」
くびきを主と負ったなら、私の分はどれくらいなのだろう。
おそらく、ただ、触れているだけではないだろうか。
もしくは、私が浮いてしまうのではないだろうか。
くびきは、ぴったりと一緒に歩くもの、いつもくっついているんだ。
くびきという名のもので、物理的にくっついていられる。
一緒に前を見ることができ、一緒に歩むことができる。
主の行く道なら、間違うことはない。
私の息遣いも聞こえるだろう。
もし、ハァハァしていたなら、きっと止まって休憩してくれる。
一歩も歩けなくなったなら、主も止まってくださるだろう。
自分が違う方へ行きたくて、引っ張ったこともあるかもしれない。
違う方向を見ていたかもしれない。
でも、主とくびきを負っているなら、自分の勝手な道には行けないんだ。
主は、私の行くべき道を知っておられる。
その道を共に歩んでくださる。
負いやすいくびき。
もし、人生、何のくびきもなかったなら、使命もなく、むしろ、つまらない人生だろう。主のくびきだから、ちょっとでも、負わせてもらってるから、「自分、がんばってるぞ!」という気分にしてくださる。
主が与えてくださる主のくびきを、一緒に!負って下さるなんて。
これが、わたしのたましいが安らかになる秘訣なんだ。
