そして天から声がした。「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」

そしてすぐ、御霊はイエスを荒野に追いやられた。

イエスは四十日間荒野にいて、サタンの誘惑を受けられた。

野の獣とともにおられたが、御使いたちがイエスに仕えていた。

マルコの福音書1;11~13

 

 

イスラエルで再洗礼を受けたのを思い出す。

「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」と主任牧師が宣言し、副牧師が私をヨルダン川に沈めた。

とても、とても、濁っていて、しょっぱいヨルダン川。

イエス様が洗礼を受けられた場所で、洗礼をうけることができたのは、本当に励ましだった。

 

洗礼をうけて、

「そして、すぐ」荒野に追いやられた。

荒野に導かれる前に、イエス様は天のお父様から愛する子、喜ぶ子供だといわれることが必要だったのかもしれない。人間と同じ弱さを持たれる方だから。

どうして、「そして、すぐ」だったんだろう。とても大切なことだったからかな。荒野で勝利することが。

そういえば、わたしも、洗礼を受けて、すぐに荒野へ突入した。

解説によると、この荒野は、野の獣とともにおられたのは、イザヤが預言した平和の世(イザヤ11:1~9)とあり、エデンの園の回復を暗示していると。エデンの園でアダムは失敗したけれど、イエス様は勝利してくださった。イエス様の人生は、このあとだって、荒野のようだったな。

イエス様は、人間が解決不能なことにすべて勝利してくださった。誘惑、罪、死にも。

「そして、すぐ」荒野に導かれたのは、私たちのために、誘惑に勝利してくださるためだったのかもしれない。

だから、わたしたちには、希望がある。

 

「あなたは、私の愛する子。わたしはあなたを喜ぶ。」

これは、あなたにも語られている。