神様に祈ってた。
まるで、床に寝っころがって、だだをこねる子供のように。
手を伸ばし、パンチ![]()
足を伸ばし、キック
首を、イヤイヤ
バタバタバタ![]()
すると、そのひとつひとつのパンチをキックを
柔らかく受け止められている感じがした。
パンチした手が、ふわっと吸収される。
キックした足が、その勢いをもったまま、吸い込まれていく。
もし、相手が硬いものだったら、その衝撃は私に跳ね返る。
でもちがうんだ。
跳ね返りはしない。
その力は外へ向かって放たれたまま、包まれ吸収されてしまうんだ。
わたしのどうにもならない思いだ。
何かにぶつけたくても、ぶつけられない抑圧された思い。
それを神様は、やさしく受け止めてくれる。
思いを発散させつつ、柔らかく吸収されるんだ。
人生の中で、
命綱なく、綱渡りをしていて、足を踏み外してしまうような感覚に襲われる。
どこまでもどこまでも落ちていくような。
「あぁ~~~」
でも、気が付くとそこにはやわらかなクッションがある。
神様の腕だ。
どんなに落ちても、永遠に神様の腕より下に落ちることはない。
「永遠の腕が下に。」申命記33:27