「神よ。あなたの御思いをしるのはなんとむずかしいことでしょう。その総計はなんと多いことでしょう。それを数えようとしても、それは砂よりも多いのです。私が目ざめるとき、私はなおも、あなたとともにいます。」詩編139:17.19
自分がちっぽけで無意味な存在に思われる時(確かに誰でも、そう感じることがあります)、神様が浜辺の砂のように数えきれないほど私たちのことを思っていてくださることを思い浮かべてください。あなたが眠る時も目覚める時も、神様は私たちひとりひとりのことを思っていてくださいます。神様はあなたを愛してくださっているのです。
この世で愛と呼ばれるもののほとんどは、条件つきの愛です。この愛は、「もしあなたが私を愛してくれるなら、私もあなたを愛します」と言いますし、また「僕を愛してくれた分だけ、君を愛してあげる」とも言います。
神さまの愛は、そうではありません。また、その愛を完全に理解することはできません。私たちは、自分の存在を無意味だと思ってしまいます。それは正しくないのに、癖のように繰り返し繰り返し、そう感じてしまいます。しかし、私たちがそのように思っている時でも、すべてを創造された全能の神様にとって、私たちはとても大切な存在なのです。技量や、持ち物、権力などを自慢して、どうにか人に受け入れてもらおうと心配する必要はないのです。私たちは神様にとってとても大切な存在であると、神様ご自身がそうおっしゃっておられるのですから。このことを受け入れるなら、人の評判を求めての愚かしい競争に、終止符を打つことができます。そうすれば、他の人に認めてもらいたいという悩みに費やしていたエネルギーを、他者を愛し、仕えることにあてることができるようになります。さらに、その人たちからの愛を受け入れることもできるようになります。
~「平安をえるためのヒント100」より
