このフロランタンを見て
「チョコ、食べて良い?」
と、毎回聞いて、嬉しそうに食べていたのを思い出した。
確か、初めてか2クール目の抗がん剤治療をした後くらいだった。
このチョコ美味しいね
まだそんなに副作用も出てない頃。
美味しそうに1日に2枚くらいずつ食べてた。
戻れるなら、その頃に戻りたい。
このフロランタンを見て
「チョコ、食べて良い?」
と、毎回聞いて、嬉しそうに食べていたのを思い出した。
確か、初めてか2クール目の抗がん剤治療をした後くらいだった。
このチョコ美味しいね
まだそんなに副作用も出てない頃。
美味しそうに1日に2枚くらいずつ食べてた。
戻れるなら、その頃に戻りたい。
もうすぐ相方の四十九日が来ます。
私が移動する範囲内には
相方との思い出が沢山詰まっています。
先日、10年以上お世話になっている精神科に行った時に
交差点で信号待ちをしていた時に
相方が車で一緒に来ていてくれた時に
処方薬を取りに行った後に車をつけてくれた場所が目に入って来ました。
そこに来て私が「ありがとう」と車に乗り込むと
「お疲れ様、どうだった?」と毎回聞いてくれてたよね…
そう思ったら涙が溢れて止まらなくなりました。
そこの風景は段々変わっているのに
私の記憶は、その時で止まったままです。
お喋りが大好きな私達夫婦の何気ない毎日の会話が
全て過去のものになってしまいました。
ずっとずっと続く筈だったのに…
私はいつまで1人で生きていなければいけないのかと…
もう1ヶ月12日も生きてしまいました。
おはよう
ただいま
おかえり
おやすみ
もう相方に言っても応えてもらえません。
そんな言葉を返してくれる人を大切にしてください。
お久しぶりです
癌告知から1年8ヶ月…
先月上旬に静かに息を引き取りました。
8月で抗がん剤治療を終了、9月中旬に病院での
腹水抜き
その後は相方の希望で自宅での緩和ケアをしました。
9月の初訪問医療の主治医には
余命は2、3週間と告げられました。
オレンジジュースとお茶、ミネラルウォーター
飲み物しか受け付けない相方に蒸しパンを食べさせたりして咀嚼を忘れないようにしていました。
治ったら、私が作るチキンカツと餃子が食べたい
そう言いながら回復に努めてきましたが
嚥下力が弱くなり服薬が出来なくなりました。
10月初旬に私が留守にしていた時に
オレンジジュースをこぼして、それを拭こうとしたのでしょう。
その間に足を滑らせてリビングテーブルの横に大転倒…
帰宅した私の目の前に広がった衝撃の光景…
訪問看護師さんを呼んで起こして貰ってベッドまで行った直後にトイレに行きたい…
抱き抱えて目の前のトイレまで両手を引いたものの
「ごめん、漏れた」
とりあえず、便座に座らせて
「紙おむつ買ってくるから、そのままで待ってて!直ぐに帰るからね」
慌てていてリハビリパンツしか目に入らず、パッドと大人のお尻拭きを買って戻ったら
トイレの前に仰向けになっている…。
正直いうと叱りました。
何故座ってないの?と。
辛い相方の気持ちも考えずに…
お尻と便が漏れ出して汚れた足を拭いて、再び訪問看護師さんを呼んで処置をしてもらいました。
その後は1日経過する毎に少しずつ衰弱していきました。
日曜日にお義母さんとお義姉さん、私の母が来てくれて
一時的にですが声も出て会話も出来ましたが
お義母さんとお義姉さんが帰った途端に、具合が悪くなり、
その2日後に元ナースの友人と母が一緒に
相方の最期を看取ってくれました。
素人目でも危ないと思った瞬間に
「私、あなたと結婚して幸せだよ!!」と言ったら
振り絞る様に
「ありがとう」
そう言って1分も経たない内に、大きく深呼吸して息が止まりました。
あと数日で他界して1ヶ月ですが
何故だか、もう2、3年経過しているような妙な感覚です。
僅か16年10ヶ月弱の結婚生活でした。
決してこの結婚生活を私は美化しません。
出張族であり、道を逸れっぱなしの酷い人でしたが
最後はちゃんと私の元に戻って来ました。
お揃いで買ったハンチングと大事なTシャツと赤いバンダナ、ジーンズを履かせて逝かせました。
葬儀には共通の友人達や相方の幼馴染…沢山の方々がいらして下さいました。
相方は幸せな人だったんだなと思います。
これで、相方の癌闘病記は終わります。
癌は本人だけではなく家族も蝕みます。
健診、早期発見は大切です。
皆さん、どうかお健やかな日々を送ってください。
ありがとうございました。