6月1日、山陽本線新山口~小郡間の電化完成50周年にちなんで、イベント列車が走るとのことだったので、平日にも拘らず仕事を休んで出撃しました。
 撮影場所をどこにするか悩んだ挙句、山陽線で寝台列車が走っていた頃からの「超有名ポイント」でもある小野田~厚狭間の千崎西で撮ることに決定。
 
 撮り鉄さんが多いかなとは思いながら、1時間半位前に現地へ到着してビックリ!・・・
既に30人を超える人々が三脚を構えておられ、狙っていたポジションには入れず、ウロウロするばかり・・・・
 この写真の後にも10人位居られましたかねぇ~。
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 この日は天気予報では微妙でしたが、現地では薄日も差して蒸し暑い中、ウロウロするうちにまずは、下り下関行きが、カーブの先からやってきました。
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 なんとしても、ヘッドマークは押さえたいと、近くへ引き寄せてのショット。何とか撮れました。
それにしても、この「DD51」の色は何とかならないものでしょうか?
もう少しシックな色の方が似合うような気がしますが。
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 次に来る上り新山口行きは、同じ場所でポジションを少しだけ移動して待っているとEF65の姿が見えてきました。
 列車の上に見えるトンネルのよな構造物は、かつて、美祢市から美祢線~厚狭駅を経由し宇部市までセメント原料の石灰石を運ぶための貨物専用線がオーバークロスするために造られた高架の線路敷の遺構だそうですね。
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ポジションが悪く残念ながら編成は撮れませんでしたが、ヘッドマークだけは何とか収めました。
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 余談ですが、この写真を撮りながら思い出したのは、まさに50年前のことでした。
 
 私は、山陰の萩市の育ちですが、高校2年の時、クラブ活動の県大会出場のため萩から宇部に行ったことがありますが、その際、小郡(現新山口)までバスで、小郡から宇部までは生まれて初めて山陽本線の列車に乗りました。その時、列車の編成がすごく長いことに驚き、そして「電車」というものに乗った時の感動の記憶が蘇ってきました。確か電車の色はピンク色に近かったのではと思います。
 あの時が山陽線電化直後だったような・・・・と計算すると私の歳がバレますが・・・
 
 青春時代から、もう50年!