今朝のテレビで、静岡県島田市がガレキを受け入れると言うニュースを流してた。


その島田市の桜井市長へ被災地の中学生から感謝の手紙が送られてきたそうである。



その手紙には、市長への感謝だけでなく、


ガレキ受け入れを承諾してくれた市民への感謝も述べられていた。



市長が受け入れを決断するまでに、


反対運動はもちろん、脅迫まがいのことまであったらしい。


その反対を押し切って、

押し切ってと言っても、ちゃんと放射線の数値、


焼却してからの焼却灰の放射線の数値も計測し、


国の基準値や、市独自で定めた基準値(国の数値より、かなり厳しい数値)より


かなり下回った数値だったとのことで、受け入れGOの決定を出したらしい。
(検出した数値を公表している)


どうか、他の県の方々も、島田市の桜井市長のように、


反対してる市民へ、納得いく数値を示して、


被災地のガレキを受け入れて欲しいと願っています。



ガレキ・ガレキって言うけど、


それは、もともと、そこに生活していたという証であり、


家の壁、柱、その他、震災で亡くなった方々、被災された方々の


大切な大切な財産だったんです。



それが、無残にも、あんな状態で山積になり、


夏は、ハエなどの大量発生をまねき、衛生的にも、


かなり厳しい状態のはずです。



市長へ感謝状を送っていた中学生の文章に、


夏場は教室にもハエが、教科書や背中などにハエが飛んできて


勉強にも身が入らない・・とあった。



市長は、「あんな劣悪な環境の中で子供たちは勉強をしてるのです」と

会見で述べたらしいです。その言葉に感動し、涙が出そうだったと、

その中学生は書いてます。


全国のみなさん、確かにガレキを受け入れるのは、不安もあるでしょうが、


安全と確認されたガレキに関しては、受け入れることを考えてみませんか。


震災復興がなかなか進まないって、国などを責めてますが、


ガレキの処理が少しでも片付くと、それだけ復興も早まると思います。



復興が進まないようにしてる犯人は


実は、被災してない国民だった・・


とならないように。


一年前の明日、めったに電話してこない、川崎に住む息子から3時ころに着信


めずらしいので、「な~に?


って明るく電話に出たら、


「やっとつながったぁぁ」
「めっちゃ揺れてる
「大変なことになってる
「地割れまでできてる

私は、何を言ってるのか、すぐには理解できなかった。

地震?って聞き返すと、


「とてもじゃない揺れの地震」って答え。


私は、「こっちは全然揺れてないよ。」と能天気。


「東北の方は、もっとすごいことになってるみたい


その電話のあと、携帯のワンセグで観たら、


どのチャンネルも地震のことで大騒ぎ、


初めて、大変なことになってるって気づいた。


日本国中、海岸という海岸線に大津波警報、注意報



その後、友達から、「わたるくんは大丈夫だった? 私の息子の方は連絡取れたけど。。」

と心配の電話があり、連絡が取れたことを伝えてから、ますます息子のことが心配になり、


今度は、私の方から息子へ電話するけど、つながらない、つながらない


仕事が終わり、我が家へ帰って、女房とずっとテレビを観ていた。


女房は、私と息子が直接電話で話してるので、安心していたが、


テレビの映像に、ショックにつぐショック。



あれから一年なんですね。



世界が認めた、日本人の礼儀正しさ、そして、自分のことより、まず人のことを優先する人間性。



そして、いつの間にかキーワードになった『絆』



しかし、日本は、国民は一流、政治は二流と揶揄されるように、


遅々として進まない災害復旧・復興。



いまだに、ガレキ処理も進んでいないらしい。


東北3県で、何年分、何十年分、ある県は百年分のガレキが処分できなくて、



全国の自治体にお願いしてるけど、各地域で反対にあってる始末


放射線の検査をし、一定水準以下の線量のものだけを、全国の自治体で処分する

ってことになってるのに、それでも反対する。


あのキーワードになった『絆』ってうわべだけのものだったの?


国の言うことが信用できない、だから、放射能に汚染されたガレキかもしれない。

そう言うことで、引き受けるのを反対するんだと思うけど、


もう、ここまでなったら、少しは信用しようよ。

政治家が困ってるんじゃなくて、あの東北の人たちが困ってるんだから。


日本は、今はどこにいても地震の被害にあうかもしれないんだよ。


いつかは、自分の住んでるところで大地震が起き、


そのガレキを、どこかの自治体にお願いしないといけなくなるかもしれないんだよ。


もう一年経ったんだけど、まだ一年だよ。


あの『絆』を忘れるには早すぎるよ


政治は二流だけど、国民だけは、一流でいようよ


そして、あの大地震で、ご両親を失った子供たち、

また、子供を失った親たち、

大事な人を失った人たち、


改めて、その人たちのことを思う一日になる。


それが、私の2012年3月11日です。










なんとか、無事に検定に合格できた


これは、ひとえに、まわりのみんなの応援やサポートがあったからだ



とにかく、まわりの人たちに感謝  感謝



一度、失敗して、次こそリベンジを と思い、



過去の問題のみを、ただひたすら、繰り返し・繰り返し練習してきた。


あれは勉強というより、間違いなく練習だった



そして、検定当日の朝、家を出るちょい前に、



自分自身を落ち着かせるために、最後の練習をした。


さぁ、本番の問題が配られた。



そして、“落ち着け。落ち着け”って自分に言い聞かせている


その手が、震えていた。



そして、練習通りに、問題を解いていったのだが、


関数のところが、家を出る前にやったものと同じ方法の関数だった



“ラッキー ”ってことで、スーっと落ち着いてきた。



そうなれば、頭の回転もよくなり、指の滑りもよくなり、




前回と違って、時間的に余裕が出てきた。



練習中に数字の打ち間違いをやったことがあったので、


余裕の出てきた時間に、何回も何回も数字を見直し、


バッチリ間違いがないことに確信を持った



最後は余裕である


そして、指を止めて、2~3分後に


『やめー』の言葉。



そして、プリントアウトしてもらうときに、


前の人の画面のグラフが縦棒グラフになってる。



その前の人のグラフも同じ縦棒グラフ。



えっ  ウソでしょ


横棒グラフじゃなかった?


縦だった???


えっ  勘弁してよ


あんだけ、見直しをしたのに、


なんで縦と横を間違うのぉぉぉ



グラフのところだけ、見直しをしてなかった



そういうところが、私が“いまひとつ”のところなのである。



検定を再度受けるに際して、ソフトを遠慮なく貸してくれた人、



『ガンバレ』ってメールをくれた人、


いろんな人に力をもらって、受検したのに、


またかぁぁ


そんなこんなで、あきらめ半分、期待半分で結果を待っていたら、



昨日、学校の方から、合格通知をいただきました



これで、みんなに恩返しができたかもしれない



みんな、ほんとにありがとう