「歳々年々 人不同」
さいさいねんねん
ひとおなじからず
ときどき刻々と、
人は変化していく。
人の体は約6兆個ほどの細胞でできているらしい。
この6兆個の細胞は、5~6年ですべて新しいものに入れ替わってしまう、と言われている。
つまり、「私」と呼んでいるこの個体としての私は、五年前の私とはまったく違う私だ。
赤ん坊のときの自分と今の自分の姿は、似ても似つかないのに、同じく「自分」と認識している。
人はしばしば、自分は変化せず、周囲だけが変わっていくように感じる。
でも、実際はそうではない。
ときどき刻々と自分は変化している。
私たちは、何か欠点を指摘されても、どうしてもそれを認められないことがある。
今を変えることが難しいというより、「今までの自分」を否定することが出来ないからだ。
それがどうにも苦しく、恥ずかしいので、今の自分を変えることが出来ない。
過去の過ちを認められず、人を傷つけ続ける人もいる。
人は「過去の自分」ととても強い心理的紐帯で結びつけられている。
いつまで経っても、歴史認識の相違による議論や対立は世界からなくならない。
けれども、その「歴史」の中の人々を形成していた「細胞」は、現在一個たりとも存在しないのだ。
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先週の16日に、「伊勢神宮月次祭(つきなみさい)」に参加しました〓
そこで、伊勢神宮の五十鈴川で夜8時から禊ぎの「水行」をしました〓
生まれて初めてフンドシをしめて、フンドシ一丁で真っ暗な五十鈴川に入りました〓
精神を集中して気合いを込めて発声しながら肩まで入り、数分間、歌を詠みました〓
寒いには寒いのですが、心は妙に冷静で、冬の海に投げ出されたら数時間しか持たない!と思いました〓
川から出た後は、自分の全細胞が、自分を生かそうと働いてくれているのが実感できました〓
凄い体験でしたが、いろんなことがあった今年一年の「禊ぎ」をしっかりやってきました〓
月次祭の模様は、明日以降にお知らせします〓