故郷長崎を2年ぶりに旅してきました。
地震、放射能汚染の不安から一時離れた、長崎再発見の旅でもありました。
富士山を眼下に眺めて 有明海に驚愕 堰き止めた結果です 先は雲仙岳
長崎は歌に唄われる港町 街は坂ばかり 山の上まで家が広がります
静かに流れる中島川と眼鏡橋 中島川には鯉がたくさん 亀も
西坂の日本二十六聖人記念碑 長崎の象徴 平和記念像
大勢の児童たちが修学旅行にきています 福岡の小学校生による平和学習に感動しました
原爆公園に建つ浦上天主堂被爆柱 現在の浦上天主堂
長崎には、プルトニウム型原爆が、広島の惨劇に続いて投下されました。
当初小倉を標的としていましたが、天候悪化の理由で、雲が切れた長崎に落としたとされています。
その地点は、カトリックの殿堂たる浦上天主堂の至近距離でした。
長崎では天主堂の保存運動が起きました。
ところが、カトリックの殿堂が被爆したことを世界に知られることを怖れた米国は
当時の市長に厳命し、教会の再興を許しませんでした。
今被爆した教会の残骸の一部が原爆公園に建ち、原爆資料館に保管されているのみです。
また原爆資料館には、多くの人が入館し、プルトニウム爆弾の脅威を改めて認識することになりました。
ノーモア ナガサキ、ノーモア ヒロシマを叫び、東電による原爆事故が起こるとは考えてもいませんでした。
なお、長崎原爆被爆者の認定者は、わずか2キロ圏内に住む人だけでした。
現在のフクシマに続く問題を抱えたままになっています。
長崎の港から沖の島々が見えます その一つ伊王島に橋が架かりました
島にそびえる馬込教会 僧俊寛の遺跡を歌った白秋の歌碑
長崎市外海町にある黒崎教会 その奥の大野町にある大野教会
外海町からは雄大な五島灘が広がります。
黒崎教会を建てた信者たちは、元は長崎市内から迫害を逃れてきたのでした。
この地も安住の地ではなくなり、意を決して、小船で海の果ての五島列島を目指しました。
現在、五島には多くの教会が建ちますが、いずれもこの地から赴いたのでした。
この地には小説「沈黙」を著わした遠藤周作氏の記念館が建ち、いつも五島灘を眺めています。
地震、放射能汚染の不安から一時離れた、長崎再発見の旅でもありました。
富士山を眼下に眺めて 有明海に驚愕 堰き止めた結果です 先は雲仙岳
長崎は歌に唄われる港町 街は坂ばかり 山の上まで家が広がります
静かに流れる中島川と眼鏡橋 中島川には鯉がたくさん 亀も
西坂の日本二十六聖人記念碑 長崎の象徴 平和記念像
大勢の児童たちが修学旅行にきています 福岡の小学校生による平和学習に感動しました
原爆公園に建つ浦上天主堂被爆柱 現在の浦上天主堂
長崎には、プルトニウム型原爆が、広島の惨劇に続いて投下されました。
当初小倉を標的としていましたが、天候悪化の理由で、雲が切れた長崎に落としたとされています。
その地点は、カトリックの殿堂たる浦上天主堂の至近距離でした。
長崎では天主堂の保存運動が起きました。
ところが、カトリックの殿堂が被爆したことを世界に知られることを怖れた米国は
当時の市長に厳命し、教会の再興を許しませんでした。
今被爆した教会の残骸の一部が原爆公園に建ち、原爆資料館に保管されているのみです。
また原爆資料館には、多くの人が入館し、プルトニウム爆弾の脅威を改めて認識することになりました。
ノーモア ナガサキ、ノーモア ヒロシマを叫び、東電による原爆事故が起こるとは考えてもいませんでした。
なお、長崎原爆被爆者の認定者は、わずか2キロ圏内に住む人だけでした。
現在のフクシマに続く問題を抱えたままになっています。
長崎の港から沖の島々が見えます その一つ伊王島に橋が架かりました
島にそびえる馬込教会 僧俊寛の遺跡を歌った白秋の歌碑
長崎市外海町にある黒崎教会 その奥の大野町にある大野教会
外海町からは雄大な五島灘が広がります。
黒崎教会を建てた信者たちは、元は長崎市内から迫害を逃れてきたのでした。
この地も安住の地ではなくなり、意を決して、小船で海の果ての五島列島を目指しました。
現在、五島には多くの教会が建ちますが、いずれもこの地から赴いたのでした。




