シャルドネ天使の極楽ワイン -40ページ目

蔵書の扱い

岩波書店の「図書」編集部編、

『書斎の王様』

を読んでいる。

この本には、

「FEB. 18, 1986 読了」

という、若かりし頃の僕のサインが書かれている。
四半世紀ぶりに蔵書の中から取り出して、読んでいる。

蔵書の整理中に見つけた岩波新書だ。
蔵書を整理して、古本屋に売り払う時期なのだ。
何度古本屋に売り払う時期が来ても、残る本は残る。

知らぬうちに積み重なる本。
最近はアマゾンの段ボール箱も積み重なる。

この立体感が「本」の実感なのだろうと思うのだが、
iPadなる書籍の強制二次元化マシンの登場により、立体感喪失の危機が迫る。

本は人間の餌じゃないんだよ。
効率化された牛舎の牛が食らう餌のように、
平面化された擬似書籍を与えられたところで、
紙とインクの匂いがしない、
つまるところ、
アロマもブーケも感じられない、
そんな文字の羅列に、
僕らの未来をすべて託すわけにはいかないだろ?