【仔馬が見つかった】

チェ尚宮に届いた繋ぎには

其れだけが書かれていた

その紙切れを懐に仕舞うと

チェ尚宮の足は典医寺へと向かう

(知らせは入れるべきだろう)

「医仙は?」

典医寺 診察棟の前に立つ

武閣氏に問う

「只今 呼んで参ります」

「病人を診てる最中ならば」

一を聞いて十を知る

優秀な部下ポンスン

「畏(かしこ)まりました」

頭を下げ奥へと急ぐ

「チェ尚宮様」

武閣氏に護られて此方へ来る

ウンスの顔が緊張していた

「忙しい所 急に訪ねてすまない」

「いいえ 

王妃媽媽に何かありましたか?」

「いや 

頼まれていた仔馬が手に入った」

「本当ですか!」

ウンスの緊張が解け

安堵と喜びでテンションが上がる

「叔母様 ありがとうございます」

抱き付かれそうになり 

チェ尚宮は 半歩間合いを取った

(あっ いけない)

気付いたウンスは

そのままチェ尚宮の両手を

握り締め上下に揺らす

チェ尚宮は 

やれやれと言わんばかりの表情だが

その手を振り払いもせず

「清流館へ送るが 

託(ことづけ)はあるか?」

「では マンボ姐さんに

宜しくお願いしますとだけ」

きっと 手抜かり無く事が運ばれる

「分かった 邪魔したな」

ウンスはペコリとお辞儀をして

颯爽と戻られる後姿を見送った



碧瀾渡(ピョンナンド)の

妓楼《清流館》

「翡翠(ピチュイ)は居るかい?」

廊下を案内する男衆を

置いて行きそうな勢いで

マンボ姐は廊下を奥へ進む

その音を耳にしたと同時に

翡翠(ピチュイ)は廊下へ飛び出した

「マンボ姐さん」

繋ぎも無しに訪ねて来たマンボ姐に

翡翠(ピチュイ)の声が慌てる

「何かありましたか

まさか 

うち(清流館)が粗相を?」

マンボ姐に報告するべき事を

失念していなかったかと

記憶を辿る

「いや それは無い

梅花(メファ)親子を呼んどくれ」

「姐さん・・」

大護軍様の口利きと言うより

医仙様の頼みで

梅花(メファ)親子を預かりはしたが

今更返せと言われても 

二人は此処《清流館》に必要な人材で

衣食住を共にする家族

素直に頸を縦には振れなくなっていた

だが 

マンボ姐の言葉に逆らえる筈も無く

翡翠(ピチュイ)は

廊下に向かい声を掛けた

「誰か居る?」


呼ばれた訳も教えて貰えず

神妙な顔で座った二人に

マンボ姐が話し出す

「医仙が 

メドゥプ(組紐)指南の礼だと

俊(ジュン)に仔馬を贈るそうだ」

「俺・・に 医仙様が?」

俊(ジュン)は母の顔を見る

「行首(ヘンス)様 マンボ姐様に

お伺いしても宜しいでしょうか?」

梅花(メファ)にしてみれば

世話になっている妓楼の行首(ヘンス)が

姉と慕う人に

直接言葉を返しても良いのか分からず

許可を取った

頸が縦に動いたのを確かめ

「マンボ姐様 

組紐(メドゥプ)をお教えしただけで

高価な仔馬を

何故 俊(ジュン)に

頂けるのでしょうか?」

梅花(メファ)は恐縮して訊ねる

その問いに マンボ姐は

何故か息子の名を呼んだ

「俊(ジュン)」

「はい」

「此処に来る前

ヨン・・・大護軍から

十五になれば

迂達赤の門を叩けと

言われたそうだな」

「はい」

大護軍様から掛けられた言葉を胸に

今日まで頑張っている

「そうか」

マンボは立ち上がり 

中庭の見える窓を開く

そこには

見た事の無い男の横で

仔馬が桶に頸を突っ込み

水を飲んでいた

「あの馬だ」

一目で良い馬だと分かる色艶をしている

俊(ジュン)の目が仔馬に釘付けになった

梅花(メファ)は 

その横顔を目の端に捉え

ふぅ・・と重々しい息を洩らした

そして

浮き立つ息子の気持ちを

落ち着かせようと

「ですが あのお言葉は 

実父に騙されたと嘆く

息子を慰めようと仰った・・」

梅花(メファ)の言葉に

被せる様にマンボ姐が

「チェ・ヨンは

心にもない事を口にはしない」

「では 本当にあの仔馬を

息子俊(ジュン)に下さるのですか」

「ああ そうさ」

俊(ジュン)の顔が喜びの色に輝く

「仔馬の名は《群青》だ

医仙が名付けた」

「群青」

俊(ジュン)は小さく名を呟いた

「医仙からの託(ことづけ)だ

《迂達赤隊服の色から付けた名前よ

此の馬と一緒に都に来るのを待っているわ》

だそうだ」

「医仙様」

(現物支給とは 

この事だったのですね)

俊(ジュン)の父親が吐(つ)いた嘘が

私達親子を医仙様に引き合わせ

溢れるほどの恩を受けている

 

都の外れ

貧しい集落の邑(むら)に住んでいた頃には

想像も出来なかった今の暮らし

毎朝 夢と消えているではと

瞼を開ける事が怖くなる程

幸せな日々を過ごさせて貰っている

此れも医仙様のお陰と感謝して

自分に出来る事なら

何を置いてでも役に立ちたいと

医仙様の頼みを引き受けたのに

それ以上の返しがやって来た

 

(私はどうやって

頂いた恩をお返ししたら良いのでしょう)

有難く そして申し訳なく 

梅花(メファ)は

都の空に向かい深く頭(こうべ)を垂れた



マンボ姐と

梅花(メファ)親子の遣り取りの間

後に控えていた翡翠(ピチュイ)の視線は

黒尽くめの男に注がれていた

「マンボ姐さん

あの男(ひと)は

もしかして・・・」

「こっちへ」と呼ばれ

近寄る姿に

翡翠(ピチュイ)は確信する

間違い無い あの男(ひと)だ

張・赫(チャン・ヒョク)

その昔 親同士が決めた許婚だった

(ああ・・・そんな)

会いたく無かったかと訊かれると

戻れもしないあの頃の私が頸を振る

だけど・・・

「姐さん あの男(ひと)

手裏房に居たのですか?」

音沙汰知れずになっていた男(ひと)

「手裏房の手の者じゃないよ

うちの酔っ払いが

私用に使っていたそうだ」

マンボ姐は師淑の事をこう呼ぶ

「・・マンボ姐さん」

お前に隠していた訳では無いと

固まる翡翠(ピチュイ)を目の端に

マンボ姐は顎先で俊(ジュン)を指し

「赫(ヒョク)

こいつを頼んだよ」

男は小さく頷き

俊(ジュン)の躰を

上から下までゆっくり見回した

「小僧 名は何という」

「俊(ジュン)です」

「手を握って見ろ」

差し出された手を思い切り握る

「明日 朝からだ」

それだけ言うと

仔馬を曳いて厩の方へ歩き出した

(やれやれ 

相変わらず 言葉が足らないねぇ)

マンボ姐は頸を左右に振り

「俊(ジュン)

あの男がお前に

剣と馬の乗り方を教えてくれる」

マンボの言葉に

翡翠(ピチュイ)が慌てる

「姐さん・・」

「今日から此処に置くよ

部屋は翡翠(ピチュイ)が決めな」

「待ってください 急に言われても」

「部屋は余っているだろ?」

「そうですが」

「なら 何も問題は無いじゃないか」

楼主であるマンボ姐の言葉は絶対だった

「分かりました

アジュンマ 部屋を一つ用意して

客座敷から離れていて

静かな部屋が良いわ」

 

 

《清流館》は

碧瀾渡(ピョンナンド)で

美貌と芸に長けた妓生を

数多く抱える楼として名を馳せているが

その実は

情報屋手裏房が

裏事情を掴む場所でもあった

 

行首(ヘンス)として

楼を取り仕切る翡翠(ピチュイ)は

一日の大半を執務室で過ごす
 

(翡翠(ピチュイ)何を動揺してるの?

広い敷地の妓楼の中

そうそう顔を合わせる事も無いし

赫(ヒョク)様の許婚だった娘は

此処には居ないわ)

《清流館》の前行首(ヘンス)に

翡翠(ピチュイ)の名を貰い

李多恵(イ・ダヘ)という名を捨てた 

(いまさら 未練がましいわ

赫(ヒョク)様が ご無事でいらした

それが分かっただけで

 

十分じゃないの)