【白い花菖蒲】

花言葉・・・うれしい知らせ

 

 

 

「でね・・」

イムジャの話を聞きながら

手裏房の酒房へ向かう途中

木に凭れ此方を見る男の

視線に気づいた

ニヤリと上がる口角に

鬼剣をカチャリと握り直す

その音と同時にそいつの姿が消えた

「ヨン?」

「ああ」

「どうかした?」

「いや」

「話聞いてた?

今夜はデートなんだから」

「でーと・・ですか」

「久し振りの外食じゃない」

「マンボのクッパですが」

「うん でも 嬉しい」

此処の所 お互いに忙しくて

顔を合わせるのは 閨だけ

それでも幸せだけど

偶にこうして 

 

仕事終わりに 二人で出掛けると

 

嬉しさが倍増する



「マンボ姐さん!」

店に響く明るい声に

「医仙 久し振りだね」

笑顔で迎えられる

店に入った途端

ヨンは 目でシウルを奥に呼んだ

「あいつは誰だ?」

市井の往来 屋根にシウルが居た

「あ~赫(ヒョク)の旦那だろ」

「手裏房か?」

「いいや 師淑が私用で使っている」

「師淑は何処だ?」

 

月明かりが差し込む中庭

酒瓶を掴み まるで苦い薬を

飲むように顔をしかめながら

呑んでいる師淑に近づく

「ヨンか」

「あいつは誰だ」

「あいつ? ああ

会ったのか」

師淑は椀に残った酒を一気に煽ると

口元から零れた滴をグィと腕で拭った

「覚えているか

キ・チョルの弟キ・ウォン

あいつの参謀にいた

張(チャン)札曹参判」

「ああ」

ギシッ! 鬼剣を握る手に力が入る

策略家でもあった張(チャン)札曹参判は

李(イ)博士の娘を

息子の許婚にしていたにも拘(かか)わらず

親元派だった張(チャン)は

王様の重臣になる筈だった李(イ)博士を陥れた




屋敷に義禁府(ウィグムブ)の役人が押し掛け

李(イ)博士を連行した日

多恵(ダヘ)は張(チャン)家の屋敷を訪ねた

「お父様が不正を働くなんてありえないと 

赫(ヒョク)様が一番ご存じでしょう?

令監(ヨンガム)様に※赫(ヒョク)の父親

義禁府(ウィグムブ)の調べに

お出まし下さるよう

お願い頂けないでしょうか」

 

縋る様な瞳で懇願する多恵(ダヘ)の手を握り

「父上に訊ね 力になって頂く

仔細が分かれば

直ぐに知らせるゆえ 待っていてくれ」

赫(ヒョク)は

 

多恵(ダヘ)を帰した後 父に頼んだ

「分かった

私も李殿を信じて居る

お前は 

李殿潔白の証(あかし)になるものを

掴んで参れ」

赫(ヒョク)はその足で

 

多恵(ダヘ)の父の無実の証を探しに

 

馬を走らせた だが 

 

赫(ヒョク)の働きは徒労に終わり

焦る心で 馬を飛ばし 

都へ戻った時には

すでに刑は執行され

多恵(ダヘ)の屋敷の門には

木材が打ち付けられていた

「多恵(ダヘ)殿! 

 

俺です 多恵(ダヘ)殿!!」

拳で門を叩く赫(ヒョク)に

「そんなに呼んだとて

誰も居やしないよ

奥方様は李(イ)博士の後を追い自害された 

お嬢様もおそらく・・・」

反逆の汚名を着せられた李(イ)家は断絶

一人娘だった多恵(ダヘ)は

 

親元派の奴婢として売られる所を

 

李(イ)博士と親交があった

手裏房が手を回し

妓楼《清流館》へ匿(かくま)い 

次期行首(ヘンス)として育てた




赫(ヒョク)は李(イ)家の屋敷から

 

やっとの思いで 己の屋敷に戻った

下男に手綱を渡し 覚束ない足取りで

父親の許へと向かう と

灯りの灯る部屋に二つの影が映っていた

声を掛けようとした赫(ヒョク)の耳に

父と右賛成(ウチャンソン)の会話が聞こえた

「令監(ヨンガム)様 上手くいきましたね」

「ああ 

あやつの石頭には辟易していたからな」

李(イ)博士が張(チャン)の不正を見付け

問い詰めた事が事の始まりだった 


「父上 今のお話は・・・

どういう事ですか」

行き成り扉を開けた赫(ヒョク)に

「お前 礼儀が成っていないな」

張(チャン)は悪びれもせず

口に酒を運びながら

「政(まつりごと)とは 

そういうものだ」 

「父上!!!」

 

息子の怒りの大きさも解らず

「あの許婚の心配か?

賤民に落とされたと聞いたが

もう お前とは無関係だ

案ずるでない

張(チャン)家に相応しい家門の娘と

再び縁を結べば良い事だ」

続く言葉に 

赫(ヒョク)の剣が斜めに振り降ろされた



赫(ヒョク)はその足で都を離れ

多恵(ダヘ)の行方を捜して国中を彷徨い

独りで探す難しさに困惑していた頃

ひょんなことから 知り合った

情報屋手裏房の親方に

「俺の仕事を手伝ってくれたら

お前の尋ね人を見つけてやる」と

持ち掛けられ 手裏房の情報網に

赫(ヒョク)は一縷の望みを賭けた

 

尋ね人は直ぐに網に掛かった

「まさか翡翠(ピチュイ)だとはなぁ」

師淑は酒瓶を揺らし 残りを確かめると

そのまま喉に流し込んだ

「それで 手裏房に置いているのか」

ヨンの問い掛けに

「あいつの剣の腕が必要な時に

俺の私用で使っている」





「知ってる人だった?」

中庭から席へ戻ると

イムジャが尋ねた

「いいえ」

クッパを混ぜる手を止め

「そう 訳ありなのね」

それ以上は聞いて来ない

「詳しくは屋敷で」

耳元の声に うんうんと頷き

何事も無かったように

大きく口を開け匙を銜(くわ)える

「美味しい 

お替りしようかなぁ」

まだ半分食べた所なのに

もう次の飯を考えている

「医仙 饅頭が届いたぞ」

シウルの呼び掛けに

「あ~~忘れてた

テマナに頼んでたんだ」

包みが三つ

「はい 此れは手裏房の皆で」

まだ湯気が上がってる包みの一つを

匂いに釣られ出て来たジホに渡す

「テマナ ありがとう」

買ってきてくれたテマンに

礼を言って

「これ 典医寺に持って行って

夜勤の皆と トギとテマナの分よ」

まだ任務があります

みたいな顔をしたテマンに

「行け」

ヨンが顎を動かした

残り一つは 屋敷で待ってる

皆への土産

ヨンヒさん ドンマンさん

ピルスク ウォノンくん

そして 愛犬ポゴム

饅頭は仔犬の頃からの好物だった

喜ぶ顔を思い浮かべ 

「帰ろ ヨンァ」

「ああ」

チュホンとチュジャkを預けている

厩まで並んで歩く

ヨンが持つと言った包みは

ウンスが譲らなかった

「両手が塞がると 

護れないんじゃない?」

そう言いながら空いた右手を

掴んでくる

「イムジャ・・」

「うふふ」

テマンもポンスンも帰して

二人きりだから と言うが

屋根の上 ニヤつく

あいつらの視線が煩わしい

「急ぎます」

空いた右腕でウンスを抱えると

軽功を使い

跳ねるように厩まで走った 
 

 

 

土産を渡し 湯を使い 夜着に着替え

髪を拭いて貰いながらヨンの話を聞く

「・・そうだったの

行首(ヘンス)様にそんな辛い過去が」

初めて会った時から今まで

変わらぬ温情をくれる女人(ひと)

「で その赫(ヒョク)さんは

行首(ヘンス)様に会えたの?」

「会えたと言うより 

姿を見たと言う方が正しいでしょう」

「どういう事?」

「物陰から・・」

「え~~

じゃ 行首(ヘンス)様は

赫(ヒョク)さんの無事を知らないのね」

「そうなります」

「はぁ・・」

(私に出来る事・・)

ウンスは胸の中で呟く

「ねぇ その男(ひと)

剣の使い手って言ってたよね」

「はい」

「強いの?」

「使える方でしょう」

(師淑が認めた腕だ)

「そう」

(マンボ姐さんに会いに行かなきゃね)

ウンスの腹心算が決まった


それから数日後

ウンスの姿が酒房にあった

「マンボ姐さん

いっそのこと 

二人を引き合わせちゃいましょう」

 

ウンスの提言に

 

マンボ姐はポンと膝を打つ

「ああ そうだね 

グダグダ考えるより その方が早い」