新しい年を迎え

スケジュール帳代わりの

小さな冊子の頁(ページ)が

一月の終わりを知らせる頃になると

ウンスは 巾着袋(チュモニ)の中の

金子(きんす)を覗いて呟いた

「これで 足りるかなぁ・・・」

家計の事はヨンとヨンヒさんに

任せっぱなしのウンスは

物価を把握してない

「マンボ姐さん

砂糖をお願い」

「どれだけ必要なんだ?」

巾着袋(チュモニ)を渡して

「これで買えるだけ」

中を検めたマンボは

「買えるだけって・・・」

マンボの呆れた声を遮るように

「分かってる 

貴重な砂糖が手に入れ難いのも

高価な事も・・・

でも マンボ姐さんにしか

頼めなくて」

医仙の言葉は

煽(おだ)てて持ち上げようと

してるんじゃない事が分かるから

一肌脱ぎたくなっちまう

「今度は 何を拵えるんだい」

それに

医仙が拵える天界の品は

良い商売に繋がる

「うふふ 秘密」

(マンボ姐さんにもあげるんだから

当日まで内緒にしておかなきゃ)

楽しそうな顔のウンスに

「二貫目もあれば大丈夫かい?」

マンボは尋ねた

(一貫といえば 大体4キロね)

「うん 足りると思う」

「分かった 手配しておく」

「それと 紙が欲しいの

高級な紙じゃなく お手頃で

出来れば 薄いのが良いんだけど」

「薄い紙はある

だけど何に使うか分からないと

工面し辛いじゃないか」

「あ~そうね

えっと これくらいの物を

 

包むんだけど・・・」

ウンスは指で大きさを示し

「で こうやって紙の上の方を

紐で結びたいの」

ウンスの動かす指を見ながら

「物を包む為の紙が必要なんだね

それじゃ 括る紐は?」

「あっ それもお願いしたいけど

お金足りる?」

「任せときな」

「ありがとう マンボ姐さん」


マンボはウンスの置いていった

巾着袋(チュモニ)の口を広げると

中からゴロッと

銀瓶(ウンビョン)が一つ出て来た

「はぁ~~~」

溜息が出る

「ったく医仙は 何時になれば

こいつの価値が分かるのかね」

「わお マンボ姐 

大金 握り締めて

大口の取引でも始めるのか?」

ジホが槍を回しながら傍に近寄る

「それにしちゃ

浮かない顔だけど

面倒な相手なのか?」

シウルが背の矢を揺らしながら

駆け寄る

「いや

お前ら 仕事を頼むよ」




建寅月(けんいんげつ)十四日は

天界で言う2月14日

ソウルにいた時も 

お世話になってる人に

「ありがとう」の言葉を添えて

チョコを渡していた

高麗でチョコは無理だけど

私の為に命を盾に護ってくれる

武閣氏のオンニ達や迂達赤の皆

それに 手裏房のマンボ姐さん

師淑さんは 甘い物苦手かな?

シウルやジホ ソンフンとジンスオンニ

そうそうソンジェにもあげなきゃ

テマナ ウォノンくん

ヨンヒさん ドンマンさん

指を折りながら 

皆の顔を思い浮かべる

いけない トギとチュ侍医 

典医寺のスタッフにも渡さなきゃ




砂糖と紙 紐の手配は済ませたけど

それ以外の準備が必要ね

「ヨンヒさん 

お願いがあるの」

マンボ姐さんに頼んだ

紙と紐を 

バレンタインの前日までに

丁度良いサイズに切って揃え

当日 

それに 出来上がった飴を

包んでくれる人手が必要だった

「力仕事じゃないから

女の人をパートで頼む事が

出来るかしら」

「ぱーと・・とは 

良く分かりませんが

私にお任せください」

チェ家が手伝いを探してると

言えば 

捌(さば)き切れない人数が集まる

「そう? 

 

じゃぁ ヨンヒさん お願いね」






バレンタイン当日

ウンスは賜暇(休み)を貰っていた

ヨンは屋敷に残るウンスに

「火を扱う時は

火傷(やけど)に気をつける様に」

「分かってる」

「力の要る仕事は」

「ドンマンさんに頼むわ」

出仕するまで

繰り返される注意事項を

ほとほと聞き飽きたウンスが

「ほら早く チュジャkが

痺れを切らしてる」

ヨンの背中を押すと

待ち草臥れたチュジャkを

宥(なだ)めている

ドンマンさんの声が聞こえる

それでも 離れ難(がた)そうに

ギュッと抱き締めた後

渋々 

チュジャkに騎乗したヨンが

後ろ髪を引かれながら走り出す

姿が見えなくなるまで見送ったウンスは

「ヨンヒさ~~ん」

急いで厨へ走っていく

「奥方様 準備は整って居ります」

砂糖と水 炒った大豆が

大皿に用意されていた

「これも綺麗に洗ってあります」

ピルスクの抱えた籠の中には

セルクル(cercle)※に見立てて
洋菓子を作るときに使用する型
または枠で底のないもの


竹細工職人に作って貰った

型枠が入っていた

「ピルスク ありがとう」

ピルスクは

鉄原の本屋敷を任されている

ヨンジュの娘で

ゆくゆくはヨンヒの後を継ぎ

別宅の奥向きを

切り盛りする女人に育てる為に

鉄原からヨンヒが呼び寄せた




厨の調理台に大理国※から伝わった

大理石の伸し板を置いて

その上に

竹枠で作ったハートの型に 

油を薄く塗り並べていく

鍋で水と砂糖を焦がさないよう

中火にかけて煮詰め

薄っすらと色付いてきたら

鍋を大きく回して

均等な色にしながら

火から外し手際よく

ヨンヒが流し込む型に

ピルスクが炒り大豆を入れていく

「上手よ 

うまく出来たわ

少し冷めて

型から外せば出来上がりね」


「奥方様

迂達赤隊の皆様の分を

この《はーと》の形にして居りましたら

とても 本日中には出来上がりません」

「そうよね」

厨の竈(かまど)をフルに使って

飴を煮てるが

大所帯の迂達赤兵分は

百近くになりそうだ

「平たく伸ばし

小さく切っては如何でしょうか」

「大きさに なるべく 

差が無いように出来るかな」

「大丈夫です」




朝から掛かりっきりで

拵(こさ)えた飴が出来上がる

「奥方様 この形は何ですか?」

ピルスクが尋ねる

「これはハート

心を表す形なの」

「心を 渡すのですか」

年若いピルスクは

ドキドキが止まらない

「うふふ そうね」

優しく微笑むウンスに

見惚(みと)れ

「ピルスク

手が止まってるよ」

ヨンヒに注意されてしまう

(いけない

集中しなくちゃ)

 

手伝いに来てくれたアジュンマ達と

出来た飴を紙で包んで

一つずつ細い組紐で縛っていく

全ての作業が終った頃には

お日様は中天を過ぎていた 


「ありがとう 助かりました

また 何かあったらお願いします」

アジュンマ達は

ウンスの丁寧な挨拶に

恐縮しながらも

ヨンヒから手当てを貰い

口々に礼を言って

嬉しそうに帰っていった




「一番最初は 

はい ヨンヒさん」

差し出された飴は

玻璃(はり)※ガラス のように

キラキラと輝く黄金色

「奥方様 

勿体のう御座います」

受け取ろうとしないヨンヒに

「遠慮なんかしないで

いつもありがとう」

手を取り握らせる

「こっちは 

ドンマンさんに渡してね」

「それから 

はい ピルスク」

「私も 頂けるのですか?」

「そうよ 飴は苦手?」

「い・・いいえ 

奥方様ありがとうございます」

去年初めて口にした

《くりすます》という祭りの

《けーき》という菓子といい

今度は

《ばれんたいん》という祭りの菓子

ピルスクには 

見るのも聞くもの全てが

胸を躍らせるものばかりだった



「奥方様 

後片付けはお任せください

昼餉を居間に用意して居ります」

「もうそんな時間?

ドンマンさんとウォノンくんも呼んで

皆でお昼にしましょう」




「さて 準備オッケーね

ウォノンくん チュホンを出して

典医寺に行くわ」

「はい 直ぐに」

奥方様が賜暇(休み)で

背に乗せる事が出来なかった日の

チュホンは機嫌が悪い

(チュホン 喜ぶだろうな)

「それから これ」

ウンスは

専属護衛になったウォノンに

飴を渡した

「ウォノンくん

いつもありがとう」

「おいらも 頂けるのですか」

「勿論よ」

「あ・・ありがとうございます」

今日は屋敷中 甘い匂いが漂い

奥方様が天界の菓子を御作りに

なられている事は

分かっていたけど

まさか貰えるなんて思いもしなかった

ウォノンは 貰った飴の包みを

大事に懐に仕舞い 厩へと駆け出す

《チュホン》を牽き

手綱を 奥方様に渡し

愛馬《蒼穹》に荷を括(くく)る

チュホンは首をウンスに持っていく

「今日も宜しくね」と 首を撫ぜ

手綱を握れば

チュホンの足は 王宮へと向かっていた