母親が、子供達の思い出を読み聞かせる
ママたちは子供達の思い出をつづった作文のようなものを読み聞かせする事に決まり
ました。
15人のママたちが自分の子供への思い出を400字詰め原稿用紙1枚分に書いて、それを、かつて舞台女優をしていたという黄見栄さん(仮名)が台本に変えて、朗読調で子供達の前で読み聞かせるというものでした。
そのアイデアを出したのも黄見栄さんです。
「すごいすごい。それやったら絶対感動するよね〜」
「わたしなんか読みながら泣いちゃいうそう。想像しただけで涙が出て来ちゃう」
それはそれは、企画の話し合いの段階では盛り上がったものです。
しかし、いざ、期日を決めても誰も作文を仕上げては来ません。
半分のママが期日を守らないまま、最初の打ち合わせの日がきました。
作文を書いてこなかったママは、
「私はぶっつけ本番でできる」
と言うのです。
てか、作文を出さないと台本も出来上がらないというのに…。
案の定、
「結局、これってやる意味あります?」
「退屈なだけじゃないですか?」
そう言いだすママが現れます。
例のパパ3人組のママが反発を強めます。
「自己満足のために貴重な時間を使うってバカらしくないですか?
そもそもは、先生たちに感謝を示すためにやるんでしたよね。
その先生たちが来れないんだからやる必要ありませんよね」
たしかに、歴代の先生方を招待することはできなくなりましたが、園長先生と現在の担任の先生二人には来ていただくことになっていました。
そう考えると、その3人の先生のためだけに、時間を割くのがいやだという気持ちはわからなくもありません。
しかし、それ以外のママたちは全員乗り気でした。
作文を出さなくても、練習はしたくなくても、ただどんちゃん騒ぎをするのではなく、感動したい。
そう考えるママが多くいます。
そこは、やはり女性だなと思います。
生まれてから小学校に入学するまでの6年間。
楽しいこと苦しいこと、たくさんあったでしょう。
その最後の締めくくりの謝恩会がどんちゃん騒ぎだけで終わりたくない。
「感動したい!」
でも、作文は仕上げてこない。
面倒くさいことはやりたくない。
責任もとりたくない。
決められたことだけをやれる状態にしてほしい。
でも、感動はしたい!
みんながみんなそうではありません。
一部のママだけです。
でも、
そういうママは、けっこうたくさんいる。
と、いうか、
それが、普通なのかもしれませんね。
わたしは、男だし、運良く、そういう不運に巻き込まれたことがないだけで、ママたちの間では、普通に起きている、
極めて在り来たりな出来事なのかもしれませんね。
だとしたら、
なんと、生きづらい。
なんと、息苦しい。
単純に、仲良く楽しく付き合うことは不可能なのでしょうか?
話し合いは一向に進まず、重苦しい空気が流れていました。
その空気を一掃したのが、黄見栄さんだったのです。
「だったら、謝恩会ではなく、卒園式でやりませんか?
卒園式には歴代の先生方も観にきています。
おじいちゃんおばあちゃんもいます。
園長先生にお願いして、お時間をいただいて、みなさんに観ていただくというのはいかがですか?
そっちのほうがモチベーションが断然上がると思いませんか?
であれば、謝恩会でやる必要もなくなるし。
どんちゃん騒ぎしたいママにとってもこっちのほうがよくないですか?」
またここで、一斉に歓声が上がります。ママたちから、
「ぜったいそっちのほうがいいよ。うん。そうしようそうしよう!賛成賛成」
そういう声が上がります。
反対していた3人も反論することができません。
かろうじて、
「保育園側がなんて言うかな?それも園長先生に反対されると思うけど」
と、言いました。
それに対して、
「大丈夫です。園長先生にそれとなく聞いてみたんです。
10分くらいの時間であれば空けてくださるそうです」
黄見栄さんは、あらかじめ、許可を取っていたのでした。
「すごいじゃないですか!だったら、みなさんそうしませんか?」
緑子さんも、初めて、ちゃんとした協力者を得た面持ちで提案しました。
しかし、反論ママも抵抗を緩めません。
「そうなると、パパの歌や踊りはどうなるんですか?
謝恩会でパパとママの見世物をするということでそもそも決まったのに、そうなると、話が全然違ってきませんか?
だったら、この話は一旦なかったことにして、最初から決め直したほうがいいと思いますけど」
しかし、黄見栄さんは、毅然(きぜん)と、こう言い放ちます。
「パパたちはそれどころじゃないと思いますよ。
歌も踊りも、もうできないでしょう。
どうせできないでしょうから、一緒にこっちをやってもらえばいいんです。
あんな状態で、できるはずありませんから!」
その言葉を聞いて、キョトンとしているママ、ギョッとした表情で固まっているママがいました。
そうです。
黄見栄さんは、飯山さんから殴打されたパパの奥さんだったのです。
黄見栄さんはご主人から事情を聞いていました。
緑子さんも、その他のママたちもご主人から”暴力事件”のことは聞いていました。
キョトンとしているママたちは、揃いも揃って、例の飯山さんの仲良し3人組の奥さんたちでした。
「パパたちができないってどういうことですか?」
3人組の一人が聞きました。
「なんか、うちのパパは、おれは参加しないことになったとは言ってたけど、やらないとは聞いてないですよ」
飯山さんの奥さんが答えます。
「だったら、本人に聞いてみてください。
飯山さんはその辺の事情には一番詳しいでしょうから」
黄見栄さんはそう言って、
「じゃあ、もう、そう決めちゃいましょう。パパたちには、そう決まったって言えば大丈夫だと思います。
わたしが責任を持って台本を作ります。
練習日程やセリフのパートもみなさんの負担にならないようにします。
だから、任せてください。
今晩、わたしからみなさんに一斉メールをします。
そこで、改めてきちんと広報しますのでよろしくお願います」
黄見栄さんの言葉に、3人以外の事情を知るママたちが、なにか恐ろしい者を見るような目で黄見栄さんを盗み見するだけでした。
実は、この数日前、緑子さんと黄見栄さんは綿密に打ち合わせをしていたのです。
と、いうのも、暴力を振るわれたパパの奥さんである黄見栄さんが正常な状態で打ち合わせに来られるはずはないと思った緑子さんが黄見栄さんに事前に連絡を取っていました。
黄見栄さんは、打ち合わせの場で飯山さんのママに抗議をして、
「飯山さんを警察に訴える」
とまで、言っていたのです。
それを緑子さんはなんとかなだめ、お互いに協力しあって、卒園式と謝恩会を成功に導こうと共闘を誓い合っていたのでした。
パパとママの催し物を謝恩会ではなく、卒園式でやるという話も、二人が事前に決めたことでした。
暴力を振るった飯山さんにいまさらケチをつけさせない。
やる気がなく、ケチばかりつけてくるママを黙らせる。
そのためにはこの方法しかないだろう。
そういう想いで、二人が考えて導き出した最善の結論でした。
その夜、黄見栄さんがパパ、ママの全員に送ったメールがこれです。
「パパとママは合同で子どもの思い出の読み聞かせと歌を卒園式で行う。
本当は謝恩会での予定だったのだが、パパたちのある事情でやらなくなったので保護者全員で卒園式で行う。
台本、演技指導は◯◯黄見栄が、歌の指導は、◯◯(黄見栄さんのご主人)が行う。詳細は追ってご連絡いたします。
みなさん、時間がありません。
がんばりましょう!」
なんと、歌の指導は、飯山さんに殴られたご主人が行うというのです。
黄見栄夫婦による、クレーマー家族たちへの宣戦布告です。
つづく
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