Twitterで絡みがある某女史さんとの話で少し出てきた今後の作品の傾向について書きます。


今後はメディアは、今よりもさらに人の思いを集められないので、インターネットにいる名も無き天才たちの力にすがることになります。


ここ最近のメディアは金にあかした力技ばかりを多用し、人々の思いが集まらない高級店ばかりで食事をした結果。
民衆の求めるものを本当に察知できなくなってきました。

プロ機材ですので、作品の練度は上がるのですが、肝心の思いを集めるコアの部分が全くからっきしなので、うわべだけ超綺麗なおままごと作品が今後加速していきます。
そしてネットでは、多少泥臭くても思いをぐっと掴む作品がどんどんと生まれ、プロが全く太刀打ち出来ない状況になります。
(むしろ、プロになればなるほどその仕組屋ルールの違いがわからず、ドツボにハマっていきます)
というか、まぁはっきりいえば
かけた人員と金と結果でイコール結べば、今の時点でも、プロ作品は結果がひどいものですし、費用=結果の効率で言ったら同人作品の足元にも及んでいないのは既に鋭い人なら理解していると思います。


この傾向は今後さらに加速します。

そこで生まれたのが、ネットへの迎合。

理解もしていないのに、やたらとアニメを推してきたり、マンガ特集をしたり、クールジャパンとか言い出すのはその現れです。

まおゆうや魔法科高校の劣等生など、の今まででは考えられない部分からデビューを果たしたり、話題が生まれてきているのは、「凄い所をピックアップしてきた」ではなく、単にその存在(作品)がすごかっただけで、それをピックアップしたプロデューサーがすごいわけではありません。
私の場合は何かした時に「この人の影響が◯割、この人は◯割」と感じるのがデフォなのですが、ただそういう観点持つ人はあまりいないので、これもまた学習が必要でしょう。



ネットの人達が凄いんです←これ覚えておいてくださいね

ただこれも折込済みの流れで、
今後はネットでさらに感性あふれる人や作品が生まれてきます。
それは多くの同世代の共感を生み、思いが集まります。

しかしそれをメディアはこぞってとりあげ、その作品を見いだしてプロデューサーは自分の手柄として彼らの作品を、自分の手柄やセンスのように扱い、作者である彼らに恩を着せます。
実際は、プロデューサーやメディアは、宣伝媒体の箱があるだけで、それ以外の意味や力はありません。
ただ、それを利用して、本当に力のある存在から利益を掠めとっていく流れが今後はより多く出てきます。



それに加え、未だにTVの方が上と思い込みたい旧世代のメディア人たちも、うわべではネット文化に迎合しながら、内心では俺達のほうが高尚!上!みたいなスタンスで作品を扱うため、要は劣化させてしまうので、思うように波及せず、それゆえに世界に波及できません。(外貨を獲得できません)
もちろんメディアはその原因がわかりません。センスが無いので。



1:
ということで、今後生まれてくる(既に生まれ始めている)モンスター級のクリエイターたちを阻害する二点。

・恩着せがましくするプロデューサー
・いつまでもネットが下だと思っているTVや新聞

この二点が学習してちゃんとした頭になること、と。

2:
ネットの人が、余計な劣化フィルターをとおさずに世に作品を送り出せて利益を生み出せるシステムの構築。

3:
あと、ネットの人が自分達は世界の最前線にいるんだという自負と誇りをちゃんと自覚する事



この3点が今後の課題になってくると思います。


ネットの人が感じるよりも、実際にはネットの力はものすごいです。
TVも基本的には座を奪われるのでネットには迎合したくないのですが、力関係と人の思いを今のやり方では全く集められないので、ネットにいやいや迎合するしかありません。
TVが何を叫ぼうがそれは確定です。


後は、その中で、浅ましい彼らがどう利益を確保するかという、つまらないソロバン勘定をしていくので(要は自分達が役立たずだとわかると解雇させるので、どんなでっちあげでも自分達の意義を創りだして座を保たなければならないと思っている)
そのあたりとの兼ね合いが勝負かなと。

役割を果たさなければいけない宣伝箱をもつメディアが基本的にどんくさくて頭がにぶっているので、そのあたりを杞憂しています。

彼らの見えていない目に事実が映る時には、クリエイターもかなりの数が、死滅している可能性が高いので。

そのあたりの風通しの良くなる何かを考えて行かないとあかんな~と思う次第です。



まぁミクちゃんの時といい、いつもどおりの数年後の結果待ちですね。
時間がたたないと人の目にわからなのがもどかしいです。



ネットの人にすがり始める  


重要ですから覚えておいてくださいね。


Twitterのつぶやきをほぼ引用。


五感で感じる事に比べて言葉は伝達料が劣化してしまう反面。
その言葉を聞いた人が自分の人生と照らし合わせてそこから化学反応して、その言葉が生み出された時には本来意図されていなかった全く新しいものが生まれるかもしれない可能性が出てくるのは魅力です。


また、言葉や書物にする事で一対一の教育方式よりもレバレッジが効いて一気に拡散できる強みはあります。

伝達方式の持ち味ですね。


iPhoneからの投稿
無自覚が楽しい


最近は無自覚な行動とかに興味があります。

最近、人の行動を見て感じる事は、あれ?この人達ほとんど惰性で考えてて自意識弱いっていうか、言うほど自分で判断し考えてて行動してなくね?
と言う事で。

そう感じた時にふといくつかわかる事がありました。


例えば自覚と無自覚をスーパーと奥さんに例えると、自分が行くスーパーの売り出しものと自宅の調味料、キッチンの設備で、作られる料理は決まってきます。

これ既に、自分が決める以前にある程度のルート決められてますよね。

も少しわかりやすくいきます。

ある人が食べに行くレストランが決められていて、そこで出されるメニューがシェフの決めた三種の中から選ぶ。
でしたら、果たしてそこにはその人の自意識、自分の判断はあるのでしょうか?
どう考えてもほとんどシェフの掌の上ですよね。

また、仮にそこでずっと肉料理を食べさせられた人と、野菜料理を食べつづけた人、
そこまで干渉したら、その人の肉体や健康まで支配できますね。



人の行動、判断はあたえられた材料の中からやりくりすると考えるなら、材料(無自覚)の時点で選択肢を決めてやれば、ある程度のコントロールは簡単。
少なくとも予想がつく行動をとる可能性が高くなります。


スーパーで今夜が賞味期限ギリのの特売刺身を買ってきて、その晩にカレーライスを食べる人はまずいませんよね。
普通なら買ってきた刺身を食べます。


色々と変換して考えるとびっくりする情報がてんこ盛りです。


この辺りの事を突き詰めると、その人に与えられたソース(家庭環境や資産、、教育、思想、人生のイベント)などがわかれば、その人が無意識にしてしまう選択や、無自覚にやってしまう行動なども色々気付いていけますね。


考えて見たら当たり前の事に最近は気づく事が多くて楽しいですw


その人の行動よりも、その起点となった種や出来事、思い出。
そこから生み出される無自覚な行動。

考えるだけで楽しいですね。



iPhoneからの投稿

認識力センスというのは、ものすごく大雑把にいうとこんな感じです。


ーーーー
例えばある機械を作ろうとしました。



1:設計図を書き上げます

2:資金と材料を揃えます

3:工作機械を揃えます

4:製作、加工を始めました

5:試作機が出来上がりました

6:何台か作られてようやくちゃんとしたものになりました。

7:発売されました

8:少し売れました

9:爆発的に売れて世間に認知されました

10:もはや一家に一台備え付けられる機械になりました。


あなたは、どの段階でその機械が「ある」と思えるかって事です。

鈍臭い人は誰の目にも明らかにならないと認識できませんし、センスの鋭い人なら「形」になる前に、その凄さに気付けるわけです。

まぁ、いろいろと役立つ内容ですね。



も少し細かくいうと実際には、それより前の

0:アイデアが浮かびました。

-1:◎◎

-2:◎◎◎

などの段階もありますが、まぁそれは別の話で。




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