拳闘日…
最近授業で、「ボクシング・デイ」という物語を扱ったのでありますが、なんだかとっても良かったのね…
「ち」と「き」の発音が苦手な栞ちゃん(4年生)のために、佐山先生といふ先生が、「ことばの教室」といふ特別授業で発音の練習をしていく…
そんな栞ちゃんは、大好きだった学校のセコイアの木が切り倒されてしまった事で、ココロが凸凹になってしまい…
そこで佐山先生は「ことばの教室」で栞ちゃんに、「ボクシング・デイ」のお話をするのです

「ボクシング・デイ」は12月26日
この日はクリスマスの翌日で、クリスマスにプレゼントをもらえなかった子ども達が、1日遅れでプレゼントをもらう日なんですって

佐山先生は、この「ボクシング・デイ」について栞ちゃんに、
「『ボクシング・デイ』を知ったからこそ先生になろうと思い、すべての子どもにプレゼントを渡そうと思うんだ…」
と言い、
「この学校にも様々な事情でクリスマスにプレゼントをもらえない子どもがいるけど、それはたった1日の違いだし、すべての子どもにプレゼントを渡せる『ボクシング・デイ』が大好きなんだよ…」
と話すのです

おそらく先生は、「ボクシング・デイ」の話を通じ、栞ちゃんに、
「生徒1人1人に個人差はあるけども、必ず成長出来ると信じ、その成長の手助けをしたいと思ったから自分は教師になった、だから栞ちゃんも焦らずに頑張っていこうね…」
といふ事を言いたかったのではないでせうか…
おそらく「プレゼント」=「子どもの成長の証」なのではないかと…
※コレはあくまでもワタクシ個人の意見で御座います、でも勝手に問題を作ってやらせちゃいましたわ…
そしてさらに佐山先生は「しあわせ」についての話をするのです

栞ちゃんの考える「しあわせ」は、
「ココロを乱すものがなく、安定して落ち着いている状態」
と考えたのです
つまりは、気持ちが凸凹せずに常にプラスマイナスゼロの状態、まぁ水平っちゅう事ですね

一方の佐山先生が考える「しあわせ」は、
「様々な感情が負担にならない程度に過不足無くある状態」
そして、
「その時々でそれぞれが自分自身で判断していくもの」
と言うのです
つまりは、楽しさ、嬉しさ、悲しみ、苦しみ、様々な気持ちが入り混じってトータルでプラスマイナスゼロになっているのが「しあわせ」なんだよと…
佐山先生曰わく、人は幸せすぎたり不幸すぎるとそういった感覚がマヒしちゃうそうです…
ワタクシも考えちゃいました…
万人が納得出来る、幸せや不幸の明確な定義なんて存在しませんよね…
他人に聞く事もムリですよね…
だから、幸・不幸の判断は自らが決めていくしかない…
そして栞ちゃんは佐山先生に、
「じゃあ、いつも自分はしあわせだなって思っていれば、しあわせなんだよね?」
といふ自分なりの答えを出し、自分は自分らしく、ありのままに、前向きにいこうと決心する…
この話は小学生が読むよりも、大人が読むとなんだか考えさせられますね…
「しあわせ」って自分のココロが決めていくものかも知れませぬね…
何が自分にとっての「しあわせ」なのか…
「しあわせ」になることを怖れている自分がいて…
でも不幸には成りたくなくて…
だから、ちょっぴり「しあわせ」と、ちょっぴりの「ふしあわせ」があるのがいいのかなぁ…
人生は、相撲で行けば8勝7敗ぐらいがちょうどいいのでせうか…
少しの勝ち越しで…
人生に限らず物事はみんな大体8勝7敗ぐらいが面白いかもね

今のワタシは、何勝何敗か解りませぬね

「ボクシング・デイ」
興味のある方は是非とも御一読を…
…長すぎるだろう文章が……
こんな時間まで何やってるの…
自分も、少しでも生徒にとって佐山先生のやうな存在になれればと思ふ…
あぁ、ただ無心に、純粋に芝居がしたい…
今日の一言
「今は『しあわせ』なんだろうか…」