信越本線の横川駅からしなの鉄道(元信越本線)の軽井沢駅までの区間は現在は廃線になっていますが、かつてはレールで繋がっていて66.7パーミルの難所碓氷峠越えでした。
平成9年9月30日をもっての新線廃止前はこの区間を通るすべての列車ははEF63電気機関車の補機が必要でした。
EF63が活躍していた頃は何度となく撮影に行ったものでした。
この廃止された新線の前の旧線はアプト式というレールとレールの間にラックレールというものを敷いて機関車にある歯車を噛ませて急坂を克服していた特殊な設備の区間でした。

※ 横川駅前のラックレールを用いた溝蓋。
その旧線の一部の横川駅から熊ノ平(旧線時代は熊ノ平駅)を「アプトの道」と名付け遊歩道として整備されています。
僕がはじめてこの地を訪ね撮影に来た時は、この旧線は放置された状態だったので、トンネルは埋められていたりもしていて一部しか歩くことが出来ませんでした。
そして、新線廃線後の横川駅から軽井沢駅までの廃線跡を歩きに訪れた時もまだこの「アプトの道」は開通していなかったので、歩くのは今回がじめてでしたた。
横川駅から途中の丸山変電所跡過ぎまでは新線時代の上り線を歩きます。

丸山変電所跡


軽井沢方向より丸山変電所跡を望む

そしてしばらくすると新線を歩くのはここで行き止まり。

左方向に旧線は離れていきます。

夕方だったのでここからは誰ひとりにも会わずひっそりとしてかなり寂しい感じでした。
第一トンネル…

碓氷湖

第五トンネルの内部…

第三橋梁(めがね橋)


熊ノ平





アプト式時代の当時、実際列車が走っていたのは僕は見たことありませんが、DVDや写真で見た現役時代を思い浮かべながら無事に熊ノ平まで歩きました。
この熊ノ平がかつて駅だったころ、駅前で「峠の力餅」を販売していた「玉屋」さんの跡も立入禁止区域でしたが13年前と同様に残っていました。
「玉屋」さんは現在旧国道沿いにドライブインとして営業されていますが、僕が訪れた日は残念ながらお休みでした。
碓氷峠の撮影の時には「玉屋」さんにはよくお世話になりましたので久しぶりに立ち寄りたかったのですが…
ちなみに、熊ノ平に着いてすぐに日没になってしまいましたので帰りはトンネル以外は真っ暗闇の中を横川に向けて帰りました。
足元が見えなくて流石に危なかったです(>_<)
平成9年9月30日をもっての新線廃止前はこの区間を通るすべての列車ははEF63電気機関車の補機が必要でした。
EF63が活躍していた頃は何度となく撮影に行ったものでした。
この廃止された新線の前の旧線はアプト式というレールとレールの間にラックレールというものを敷いて機関車にある歯車を噛ませて急坂を克服していた特殊な設備の区間でした。

※ 横川駅前のラックレールを用いた溝蓋。
その旧線の一部の横川駅から熊ノ平(旧線時代は熊ノ平駅)を「アプトの道」と名付け遊歩道として整備されています。
僕がはじめてこの地を訪ね撮影に来た時は、この旧線は放置された状態だったので、トンネルは埋められていたりもしていて一部しか歩くことが出来ませんでした。
そして、新線廃線後の横川駅から軽井沢駅までの廃線跡を歩きに訪れた時もまだこの「アプトの道」は開通していなかったので、歩くのは今回がじめてでしたた。
横川駅から途中の丸山変電所跡過ぎまでは新線時代の上り線を歩きます。

丸山変電所跡


軽井沢方向より丸山変電所跡を望む

そしてしばらくすると新線を歩くのはここで行き止まり。

左方向に旧線は離れていきます。

夕方だったのでここからは誰ひとりにも会わずひっそりとしてかなり寂しい感じでした。
第一トンネル…

碓氷湖

第五トンネルの内部…

第三橋梁(めがね橋)


熊ノ平





アプト式時代の当時、実際列車が走っていたのは僕は見たことありませんが、DVDや写真で見た現役時代を思い浮かべながら無事に熊ノ平まで歩きました。
この熊ノ平がかつて駅だったころ、駅前で「峠の力餅」を販売していた「玉屋」さんの跡も立入禁止区域でしたが13年前と同様に残っていました。
「玉屋」さんは現在旧国道沿いにドライブインとして営業されていますが、僕が訪れた日は残念ながらお休みでした。
碓氷峠の撮影の時には「玉屋」さんにはよくお世話になりましたので久しぶりに立ち寄りたかったのですが…
ちなみに、熊ノ平に着いてすぐに日没になってしまいましたので帰りはトンネル以外は真っ暗闇の中を横川に向けて帰りました。
足元が見えなくて流石に危なかったです(>_<)