先日、記事をアップした熊野古道歩き・・・
紀伊路の大阪・八軒屋船着場から紀伊宮原駅まで繋がりました。
その紀伊宮原駅からの続きを歩いてきました。
今回の予定は紀伊内原駅までの約24kmだったのですが・・・
と、いうことで朝7時30分紀伊宮原駅を出発しました。
駅前の細い住宅街の道を抜けて国道480号線を渡ると、目の前には有田川・・・
かつては渡し舟で渡っていました。
宮原の渡し場跡
現在は宮原橋で有田川を渡ります。
そして少しの間川沿いの遊歩道をのんびり歩き糸我峠方面をめざします。
しばらくすると中将姫ゆかりの「得生寺」へ
中将姫は天平19年(747年)に右大臣藤原豊成の娘として誕生しましたが、13歳の時に糸我の雲雀山に捨てられました。
従臣の伊藤春時(後に剃髪して得生)がそれを助けて養育した庵が安養院。
後に得生寺に改名された。
すぐ近くには・・・
「糸我一里塚」
江戸時代に紀州藩が熊野街道の整備のために建てた塚だそうです。
もう少し進むと今度は・・・
「糸我稲荷神社」
この神社は伏見稲荷よりも古い創建とされている稲荷大社だそうです。
御朱印をもらいたかったのですが、朝早かったため社務所が閉まっていて断念。
「糸我稲荷神社」の隣には「くまの古道歴史民俗資料館」・・・
こちらも同じく朝が早かったので開館しておらず見学することが出来ませんでした。
いつか「糸我稲荷神社」の御朱印をもらいに来るのと一緒に訪れてみたいと思います。
さて、神社の前の道標を見て徐々に上って行きます。
ここから400mほど行くと今回のコースではじめての王子・・・
「糸我王子」
さらにここから200mほど行くと・・・
「糸我王子」・・・
本で調べてみるとこちらの方が古い方の王子のようでした。
この王子前には道標・・・
この先から本格的に峠越えの道に・・・
距離は短いですが急な坂道を上り・・・
糸我峠に到着。
現在はみかん畑ですが、かつては道の両端に茶店があったそうで・・・
たいへん賑わったようです。
糸我峠から湯浅方面を見下ろした風景
古の旅人たちも同じ風景を見ていたのでしょうね。
峠を下る途中に・・・
「夜泣松」
今は松の木はありませんが、松の木の皮を剥いて燻し煙を夜泣きの赤子に嗅がせると泣き止んだといわれていて、そこから名付けられたそうです。
さらに下ると・・・
「行者石」
熊野詣が盛んだった時代、巡礼者たちがこの岩の上に立ち祓いの井戸の水で禊ぎをしたと伝えられている。
糸我峠を下りきると今回2つ目の王子・・・
「逆川王子」
そしてここから方津戸峠方面に・・・
「腰掛け岩の跡」
熊野御幸の際、後白河法皇が腰掛けたとされる伝承の地。
「弘法井戸」
弘法太師が杖で地面を突くと水が湧き出したと伝えられる井戸。
ゆるい峠を越えて湯浅の町に・・・
熊井川・逆川の工事で地下6mの場所から見つかった樹齢推定800年の楠の木が湯浅郡民体育館に展示されていました。
熊野古道の昔ながらの街並みの商店街を抜けて・・・
まもなくで、JR湯浅駅に到着。
まだお昼前だったので、ここでは小休憩をして歩きはじめたのですが・・・
約4kmほど進んだところで一緒に歩いていた元会社の上司の相棒が古傷を痛めてしまったので、これ以上歩くのは危険だったので断念。
ちょうどバス停があったので湯浅駅まで戻って来ました。
相棒の体調の復活具合にも寄りますが、近いうちに湯浅駅から先は後日歩きに行きたいと思います。
紀伊宮原~湯浅 約7km




























