実は広島駅には買いたい駅弁「廣島上等弁当」という明治30年代の味を再現した駅弁を買いたかったがその日は販売してなく、売店のおばさんに聞いたら予約した方がいいと言われました。
さて、広島駅ではもうひとつの記念弁当を買いました。
『夢と感動をありがとう 市民球場 ラストイヤー弁当』
を買いました。
これはもちろん広島東洋カープの本拠地「広島市民球場」が今年でラストイヤーになるのを記念したお弁当です。
中身はあなご飯と海老のちらし寿司。
おかずに卵焼き、アスパラガス、がんも、煮物、鳥のから揚げ、枝豆など…
野球観戦等に持って行き、ちょっといっぱい飲みながらといった感じのお弁当でした。
味付けもよく、僕は卵焼きが特に気に入りました。
なおこの駅弁には建設中の広島市新球場に売上の2%の寄付が含まれています。
夢と感動をありがとう 市民球場 ラストイヤー弁当 1050円(広島駅弁当)
広島駅では明治29年から水了軒が立ち売りを開始。
そして明治34年(1901年)に中島卯吉が中島改良軒を創業し水了軒の立ち売りを継承し「上等弁当」を販売しました。
その後昭和18年(1943年)に戦時企業統制法の要請により広島駅構内営業者の中島改良軒と羽田別荘弁当部、吉本屋、ならびに海田市駅構内営業者の山岡甲了軒、大田山陽軒の5社の合併で広島駅弁当を設立しました。
昭和20年(1945年)原爆投下により社屋、工事を焼失するが仮設工場で事業を持続し、同年12月に原爆投下後の広島県での建築許可第一号で新社屋を竣工する。(現在の社屋とは別の場所)
現在の工場生産能力は1日当たり最大製造50000食で西日本最大規模を誇ります。
さて、広島駅ではもうひとつの記念弁当を買いました。
『夢と感動をありがとう 市民球場 ラストイヤー弁当』
を買いました。
これはもちろん広島東洋カープの本拠地「広島市民球場」が今年でラストイヤーになるのを記念したお弁当です。
中身はあなご飯と海老のちらし寿司。
おかずに卵焼き、アスパラガス、がんも、煮物、鳥のから揚げ、枝豆など…
野球観戦等に持って行き、ちょっといっぱい飲みながらといった感じのお弁当でした。
味付けもよく、僕は卵焼きが特に気に入りました。
なおこの駅弁には建設中の広島市新球場に売上の2%の寄付が含まれています。
夢と感動をありがとう 市民球場 ラストイヤー弁当 1050円(広島駅弁当)
広島駅では明治29年から水了軒が立ち売りを開始。
そして明治34年(1901年)に中島卯吉が中島改良軒を創業し水了軒の立ち売りを継承し「上等弁当」を販売しました。
その後昭和18年(1943年)に戦時企業統制法の要請により広島駅構内営業者の中島改良軒と羽田別荘弁当部、吉本屋、ならびに海田市駅構内営業者の山岡甲了軒、大田山陽軒の5社の合併で広島駅弁当を設立しました。
昭和20年(1945年)原爆投下により社屋、工事を焼失するが仮設工場で事業を持続し、同年12月に原爆投下後の広島県での建築許可第一号で新社屋を竣工する。(現在の社屋とは別の場所)
現在の工場生産能力は1日当たり最大製造50000食で西日本最大規模を誇ります。
