砲弾が真上を通り過ぎた。

金属の塊が通り過ぎた後に業風が駆け巡り轟音が耳朶を打つ。

絶望の色をした、まるで狼の遠吠えにも似たその音はなぜか心地よく私の心に染み込んだ。

後ろでは地獄が広がっているだろう。

後ろは向かない。

見てはいけない。

見たら、前へ進めなくなる。

自分の見知った者はきっと無事であると信じ、私は前へとあるき出した。

どんどんと速度をあげる。

息が絶え絶えになるのも無視し、もっと、もっと速く。

足が悲鳴を上げる。

身の内が悲鳴を上げている。

周囲に悲鳴が満ちている。

絶望が満ちている。

まだ辿りつきはしない。

前へ

前へ

倒れるまで

前へ。

既に力は尽き。体から血が流れ出ていても。

足は止まらない。止められない。

祖国で待つ、愛しい人の為

後方で待つ、愛しい友人の為

前方で待つ、愛しい敵の為にも。

足は止まらない。疾走は止められない。

既に周囲に味方は居らず。

敵は私に気づく。

けれど、疾走は止まらない。止められない。

彼らの目には、止められない。

私は無銘。Aの名で呼ばれる、無銘の刃。

自らの思う人の為に、絶望を断つ、無銘の刃。

本当の名は既に無く。ただ「A」と呼ばれるだけ。

それでいい。私はエースだ。

スペードではない。主役ではない。真っ赤な、血の色の、ハートのエース。

人の波が消える。

人の森が消える。

白い布の山が見える。

一番大きい山に向かう。

スペードのエースは前線で。

クローバーのエースは後方で。

ダイヤのエースは祖国で。

きっと活躍しているだろう。

きっと讃えられるだろう。

彼らに誉れ有れと、記されるだろう。

けれど、ハートのエースは?

血に濡れた、血に塗られたハートのエースは?

ハートのエースは語らない。

ハートのエースは見られない。

ハートのエースは、ただ、駆ける。

目標を、狙ったものを、ただ、討つ。

それだけ。ただ、それだけ。

騎士や戦士は戦を誉れとし、誇りとし、命をかけ、死力を尽くす。

きっとそう在ることができたら、美しいのだろう。

けれどハートのエースは戦わない。誇れない。

ただ、討つ。

最短で、戦いを終わらせる。

最短で平和を導く。

ハートのエースは幸せになれない。

ハートのエースは幸せにできない。

誰かを生かすことは、できない。

だから、ハートのエースには仲間がいた。

スペードでクローバーでダイヤのエースがいた。

一番大きな山の前にいる男たちを、最速で、最高に薄汚く屠る。

そのまま

飛び込んだ。

見つけた。

奥の、男だ。

周りの敵が声をあげる。

剣を持って立ち向かってくる。

切りつけられる。

けれど、ハートのエースは止まらない。ハートのエースは失敗しない。

無言で

跳ねた。

最速で最短で最高に汚らしい死を振る舞う。

そして、腕を凪いだ。

花が、咲いた。

 

戦争は終わる。

戦闘は終わる。

ハートのエースは終わらせた。

けれどハートのエースは語らない。

ハートのエースは英雄にはならない。

ハートのエースはそうしたかっただけ。

ハートのエースは幸せになりたかっただけ。

ハートのエースは記されない。

あの戦いに彼はいたと記されない。

ハートのエースは存在しない。

民は知らない。彼がいたことを知らない。

けれど、他のエース達はこう云うのだ。

エースの愛する人々を守った、無銘のカードのことを。

「彼の剣に、誉れあれ。」と。