3/11は地元に。地震が起きた時刻は自宅に戻っていて、テレビを観ていると緊急地震速報が。
その後、僕の家も揺れ始め、二度にわたり長くやや強い揺れでした。
テレビを観ていると、宮城県で震度7が観測された事が表示され、大津波警報が発令されていました。
そのまま地震の情報を得ようとテレビを観ていると、津波が家屋や車、船等を次々と流してしまう映像が流れてきました。
茨城に住む知人から電話が鳴り状況を聴いてみると、ライフラインが寸断され、震源地から離れた茨城でも被害が甚大だった事が解り、すぐさま救援に向かう事を決意。
回数、行き先、順序は伏せておきます。
茨城に向かう途中は停電で暗闇。
電話してきた茨城の知人は、「家の中はぐちゃぐちゃで、泥棒が100人位入ったみたいだよ…」と冗談混じりに言っていましたが、実際見てみると、かなり激しい揺れだったと感じました。
時間も遅くなり、体も疲れたので、車内で休憩していると余震の連続。さらに緊急地震速報がなる度、テレビをチェック。なんと、僕の地元の方でも強い揺れに注意という速報が二度も。
正直、「どうなっているんだ…」と思いました。
親が心配になり、電話しても繋がらない。やっと繋がったと思ったら親は寝ていました。僕の地元でも強い揺れを感じたようでした。
翌日地元に引き返し、その2日後にまた茨城へ。その時は未だにライフラインは充分とは言えずでしたが、会う人達はとても逞しく力強かったです。