今でも年に何回かコンサートには行っていますが・・・
子育てに奮闘していた時期・・・
この時期を“音楽空白時代”と勝手に命名しております(笑)
何故なら、コンサートはおろか、テレビの歌番組や当時の流行った歌など、全く記憶にないのです(涙) 毎日、70年代のフォーク、ニューミュージック(あ、この言葉、好きではありませんが・・)ばかり聴いていましたから。
なので、“子育て奮闘期=音楽空白時代”を境にして、1970年~1980年を“前期”、1990年頃~現在を“後期”という事に決めています。
この時期を“音楽空白時代”と勝手に命名しております(笑)
何故なら、コンサートはおろか、テレビの歌番組や当時の流行った歌など、全く記憶にないのです(涙) 毎日、70年代のフォーク、ニューミュージック(あ、この言葉、好きではありませんが・・)ばかり聴いていましたから。
なので、“子育て奮闘期=音楽空白時代”を境にして、1970年~1980年を“前期”、1990年頃~現在を“後期”という事に決めています。

ザ・ベンチャーズ(ドラムスは、故メル・テイラーでした。)
ザ・ビージーズ(‘フィーバー’する直前。だから、いいのです♪)
ザ・タイガース、ジュリー、ユーミン、N.S.P.、ふきのとう、長渕 剛
ベル(ビージーズのパンフの一部です)→
ザ・ビージーズ公演の第一部がベルでした♪
『コーヒー一杯の幸せ』でデビューしたばかりで。
ラジオ〈コッキーポップ)からよく流れてましたね。
まさか、生で聴けるなんて! それも、ビージーズの‘おまけ’?♪♪ ラッキー!! ビートルズの『ビコーズ』も歌ってくれました。4人のハモが最高。

ザ・ビージーズ公演の第一部がベルでした♪
『コーヒー一杯の幸せ』でデビューしたばかりで。
ラジオ〈コッキーポップ)からよく流れてましたね。
まさか、生で聴けるなんて! それも、ビージーズの‘おまけ’?♪♪ ラッキー!! ビートルズの『ビコーズ』も歌ってくれました。4人のハモが最高。
“前期”は、歌が気に入るとアルバムを買い、生で聴きたい衝動に駆られ、
地元開催のものには片っ端から行ってましたね。
“純粋に”音楽を聴きに・・・です。って、今は???〈苦笑)
浜田省吾、オフコース(5人の時の)、吉田拓郎、六文銭、泉谷しげる
因幡晃〈若くしてガンで亡くなった友達に誘われて・・)などなど・・・・・
地元開催のものには片っ端から行ってましたね。
“純粋に”音楽を聴きに・・・です。って、今は???〈苦笑)
浜田省吾、オフコース(5人の時の)、吉田拓郎、六文銭、泉谷しげる
因幡晃〈若くしてガンで亡くなった友達に誘われて・・)などなど・・・・・
京都から京阪電車に乗って大阪厚生年金会館へ。
古時計デビューコンサートに行ったところ・・・

古時計デビューコンサートに行ったところ・・・

この方達もご出演♪ 飛行船 →
この時、すでに『遠野物語』はヒットしていたように思います。
何度も言うようですが、実際に、目の前で歌ってくれるというのは、感無量ですよ~♪
東北の山々の向こうまで澄み切った声が一直線に響き渡る・・・
そんなあんべ光俊さんの歌でした。
コンサートが終わってホール玄関に出ると、運良く飛行船のメンバーがいて・・・
「私、青森に行った事があるんです。友達が青森なんで。」
すると、岩手出身のあんべ光俊さん、同じ‘東北’って事もあったんでしょうか、快くサインして下さいました♪ 何も用意していなかったので持っていた手帳の白紙ページに。ちょっと、申し訳なかったけれど・・・

飛行船と雲の絵が可愛くて気に入ってます。
自作ギターノート(歌詞とコードしか書いていないけど)の『遠野物語』のページに貼らせてもらってますよ~♪
「私、青森に行った事があるんです。友達が青森なんで。」
すると、岩手出身のあんべ光俊さん、同じ‘東北’って事もあったんでしょうか、快くサインして下さいました♪ 何も用意していなかったので持っていた手帳の白紙ページに。ちょっと、申し訳なかったけれど・・・

飛行船と雲の絵が可愛くて気に入ってます。
自作ギターノート(歌詞とコードしか書いていないけど)の『遠野物語』のページに貼らせてもらってますよ~♪
古時計が地元に来たとき、共演したのがシグナル
『20歳のめぐり逢い』ですよね~。

『20歳のめぐり逢い』ですよね~。

ザ・ビージーズの時のベルといい、
古時計の時の飛行船、シグナルといい、
予期せぬ‘ラッキー・おまけ’が、本当に嬉しかった。
古時計の時の飛行船、シグナルといい、
予期せぬ‘ラッキー・おまけ’が、本当に嬉しかった。
そんなこんなの、我がコンサート遍歴“前期”でした。