自分が情けなかった。


1ヶ月近くも、彼(富沢くん)の訃報に気づかなかったなんて…

奇しくも昨日、バイクの整備を終え帰宅した深夜に録り貯めしてあった録画番組(レース)を見て絶句…追悼の…なんで…しばらく訳が解らなくて



…悲しくて、ショックで眠れなかった。
だってまだ駆け出しの19歳、夢半ばの若さで。



切ないですよ、ほんとに。

いいレースもしてたし、注目もされ始めてた。


でもそれより、なにより…
彼、「富沢祥也」って青年の人間味っていうのか。とにかく笑顔と元気いっぱいの明るさで会う人見る人を魅了してしまうところが、堪らなく大好きだった。
レーサーであって珍しいくらい飛び抜けて明るくて元気だった、驚くくらい。


でも謙虚で、決して言い訳や高飛車にならないのも彼の人柄だった。


絶対に世界を渡り歩く素晴らしいレーシングライダーになっていたと思う。


いまの呆れるような日本にあって、彼のような直向きで素直な人間をとても誇りに思うって、痛感していたから。

一緒に戦っている世界中のレーシングライダー達からも凄く親しまれ愛されていたんだなって、皮肉にも今回のような事があってで表面化し伝わってきたものもあった。



今日(※3日)は、茂木でのGP戦だった。富沢くんも絶対にこの日を、母国でのレースを待ちわびていたに違いない。悔しかったろうな、無念だったろうな…





…いろんなことを考えていて、予定していたツーリングになんて出掛ける気分にもなれなかった。


でも、彼のレーシングナンバー「48」を紙に書いて
自分のバイクに貼った…


夜でいいから走りたくて。
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好きなことやって死ねるなら、それは本望って
ずっと思ってきたけど。


最近、歳を取ったのかな
死んじゃダメだって。
生きなきゃ駄目だって!

考えるようにもなってきた。




…燃やせる情熱が薄れたのかな。
一生懸命生きてないのかな自分。









嫌だな。
















シンディ〆